第2話 少女に…
ヒュー………。
ドスーン‼
森の中に大きな音が響き渡り、土埃が立ち込める。鳥が驚いて飛び上がって行った。
イタタタ……。
お尻と顔を打った。前のめりの体勢で着地し、エンジ色のプリーツスカートがペロンと捲れて白いショーツが丸出しになる。
一体何なの?
リリアはお尻を右手で擦りながら状況を考えてみる。身体を動かすと腰に吊られたサーベルがガチャりと音を立てる。顔を横に振って結われていない長い髪を後ろの方にやる。
サッパリ分からない。
⁉
ゲッ‼パンツ丸出しじゃん⁉
リリアは辺りをキョロキョロ見渡してから、捲れたプリーツスカートをサッと何事も無かったかのように元に戻す。人の気配は全くしなかったから見られてはいないだろう。しかし、何かもっと違和感がある。リリアは視線を下にやる。
何故か女の子のカッコになっている。そしてサーベルを腰からぶら下げている。それから当然(?)胸もたわわに育っている……。
⁉
リリアは思わずプリーツスカートの中に手を入れてショーツの上から股間をまさぐる。
無いっ⁉
「……」
リリアは試しにサーベルを抜いて刀身に自分の顔を映し出して見る。研ぎ澄まされた刀身は陽を浴びて美しく輝く。そこには可愛らしい女の子の顔が映っていた。位置をアレコレ変えてみてもそれは変わらない。
何でこんな姿になったんだろう?確かにそういう願望はちょっとはあったげどさ…。一時の気まぐれな己の願望がこんな形で叶ってしまうとは。
「はぁ……」
中年のオッサンから明らかに「ロリ」という単語がとっても似合う女の子になってしまっていた。その経緯は不明だが。リリアは前の時の事を思い出そうとするが、男だった事とちょっとカワイイ女の子になってみたいという願望があった事、就職できず世の中に不満を持っていた事以外、全く思い出せなかった。それにしてもここは何処なのか。リリアはうなだれる。その時、一人の大柄な金髪少女に声を不意にかけられた。
「あ、あのう…剣士様ですか…?」
「へ?」
「やっぱり‼魔王討伐にいらした剣士様ですね‼」
大柄な金髪少女は一人で早合点して笑顔で勝手に納得している。リリアは全く状況が読み込めない。はぁ?この私が魔王討伐だと…?何言ってるんだコイツ。だが、パンツは見られていなかったようだ。
「こんな所で剣を抜いているなんて、やっぱり、ここに魔王がいたんですね。私が住んでいる村はこの先ですので急ぎましょう‼」
大柄な金髪少女はリリアの左手をむんずと掴んで引っ張る。コイツ見た目によらず力が強い。
「ちょっ、ちょっと待って……」
リリアは大柄な金髪少女に連れて行かれた。
何とか剣を収めて大柄の金髪少女に引っ張られながら村に着くと大柄な金髪少女は衛兵の詰所に行く。悪い事はしていないのにリリアは何故かあまり心が穏やかじゃない。
「兵隊さーん!王都から魔王討伐の剣士様がいらっしゃいましたよぉ‼」
金髪少女は元気良く大声で衛兵に知らせる。
「やっと来たのか…。それにしても
姿を現した隊長らしい衛兵はリリアの姿を見て見定めるように一瞥する。しかし、女がどうのこうのとは言わなかった。
「やっとって、いつから?」
リリアは大柄金髪少女の手をようやく振り切った。
「半年前だ。アレクサンドラ王女が宮廷魔導師団を連れて調査に来た以来だな。で、今度は王室騎士団のお前さんが来た、と言う訳だ」
「はぁ?」
「そのスカーフ留めのエンブレム。王室騎士団だろう?」
(そうだったのか?)
「じゃあ、私は村長さんに知らせて来ますね」
「ああ。シルヴァーナ。ありがとう」
シルヴァーナはうっきうき気分で村長の所へ走って行った。
「さて、王都に伝書鳩を出す準備をするから…名前は何だっけ?」
「リリア」
「リリアか。俺はローランド。部下を率いてラィエツ鉱山の警備を担当している。よろしくな」
「は、はい」
リリアはローランドと握手を交わし、部下に出撃準備を命じた。
ここはラィエツと言うらしい。ローランドの話では魔石を掘り出す鉱山との事であるが、半年前から魔王が鉱山に現れて採掘はストップし王都からアレクサンドラ王女が宮廷魔導師団を率いて調査に訪れたが、それ以来音無しになっていたという。ここでアレクサンドラ王女について質問すると話がややこしくなりそうなので質問する事はやめておこう。
手紙を書き終えたローランドは小さく折り畳んでからクルクル丸めて部下に手渡して立ち上がった。
「じゃあ、鉱山に行こう」
リリアはローランドと20人余りの兵士達と共に馬車で鉱山に向かった。鉱山はここから小一時間の所にあるそうだ。山道を馬車で揺られる。標高のある山岳地帯という長閑な景色が続く。
「ここですか?」
「ああ」
馬車が目的地に着いてみんな降りる。数か月でこんなに廃墟となるものであろうか。という位、建物が朽ちている。恐らくは魔力のせいなのだろう。忌まわしい強い魔力を感じる。
「すみませーん‼お待たせしましたぁ‼」
元気の良い大声が後ろからやって来た。シルヴァーナと初老の男性が走ってやって来たのだ。シルヴァーナはピンピンしているが初老の男性はゼエゼエしている。馬で来ればいいのに、とリリアは初老の男性を哀れむ。
「初めまして剣士様。私はラィエツ村の村長ダニエル アダモフスキーと申します」
息を整えてから初老の男性は名乗った。
「これはご丁寧に。リリアと申します」
「鉱山の案内はシルヴァーナが致します。シルヴァーナの父親はここの鉱山長でして、シルヴァーナが今の所一番鉱山に詳しいのです」
リリアは途端に不安に駆られる。こんな大きい声ではすぐに気づかれてしまうだろうと。
「他に詳しい人はいないのですか?」
「いるにはいるが、あんなバケモノを見たらみんな怯えちまってね」
ローランドが事情を説明する。そういう事なら理解はできる。シルヴァーナは物怖じしないだけか、それとも…。
「王都には伝書鳩を出して応援を要請した。来るかどうかは別だがな…」
「増援は特段当てにしていないけれど、シルヴァーナは魔法が使えるの?」
「いいえ。全く」
「剣とか弓とかは?」
「いいえ。全く」
シルヴァーナは自信を持って答える。
「はぁ」
「でも、腕っぷしだけは誰にも負けません‼」
シルヴァーナは自信たっぷりに力こぶを作って言う。リリアより大きな胸が揺れて強調される。
「腕っぷしは俺が保証しますよ」
ちょっと困り顔でローランドが言う。何故か村長もこくこく激しく頷く。何やら訳アリのようだが……。
「それじゃあ、しゅっぱーつ‼」
シルヴァーナは勝手に仕切り始める。
「ちょっと待って!」
リリアはシルヴァーナを慌てて追いかける。
「俺達はここで待っている。無理するなよ‼って行っちまったが……」
ローランドは生温かい視線でリリアとシルヴァーナの背中を見送った。
リリアとシルヴァーナは鉱山の廃墟の中を進む。
「なーんだ。魔王討伐は私だけでするのか」
リリアはローランド達も同行すると思っていたが違ったようだ。シルヴァーナは特に何とも思っていないようだ。
「あの人達は人間相手なら問題無いでしょうけれど、ちょっとした魔物ですら手こずって王都から魔導騎士を呼び寄せる程ですからね。まあ、それは私も同じですが」
シルヴァーナはそう言って苦笑いをする。
「まあ、魔物は必ずしも物理攻撃が効くとは限らないからねぇ…」
「あ、ちょっと待ってください」
シルヴァーナは建物の壁に立てかけてあったスコップを手にした。
「物理は必ずしも効かないと思うけれど?」
「念の為です」
んー。その前にスコップの柄がポッキリ折れそうな気がするけれどねぇ…。と、リリアは思ったが口にする事はやめた。
やがて建物は途切れて赤錆びたトロッコのレールに沿って進む。
「じゃあ、坑道に入りますよ」
「うん」
シルヴァーナはマッチを擦ってカーバイト型のランタンに火をともして明るくする。
「坑道ってここだけ?」
「いいえ、中で分岐しています。出口はさっきの所だけです」
中で分岐か…まあ、魔力の強い方に行けば魔王に行き当たるだろう。リリアとシルヴァーナは魔力の強弱を頼りにして奥の方に進んで行った。
プレシュポレク城。城内を閉鎖し、騎士や魔導師達が城内を虱潰しに曲者を捜索する。その様子をアレクサンドラ王女は薄ら笑いをしながら眺めていた。
「見つかる筈など無いわ。だって、犯人はこのわ・た・し、ですもの」
クククと小さく笑う。しかし、その気味が悪い行動を後ろで見ている者がいた。
「やはり、犯人はアレクサンドラ王女だったのね」
師匠は角からアレクサンドラ王女の様子を窺う。最近、いや、半年くらい前から様子が別人のように変わってしまったのだ。アレクサンドラ王女の後を追おうとした時、空いている窓に白い鳩が止まって鳴き声を上げる。
くるっくー。
「しっ」
師匠は鳩を黙らせる。その時、脚に何か付いている事に気がついた。
「ん?伝書鳩だったの」
師匠は筒を開けて中の手紙を取り出して読む。
「な、なんとぉ⁉」
驚愕した師匠は思わず叫んでしまう。ハッとして辺りを見回してからサッと手紙をポケットにしまい、伝書鳩を肩に乗せてその場を慌てて離れた。
つづく
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