第34話 詳しく


 ベッドに腰掛け、マミとカケルは双眼鏡を覗き込んで窓の外を見つめた。


「カケルさ、やっぱり双眼鏡だとちゃんとよく見えない気がするんだけど……。ちゃんと見えるの、月くらいじゃない?」


「たしかに……。ま、でもさ、こうやってやることに意味があるんだよ」


「ヤ、ヤるって、何を!?」


「ち、ちげーよ! そういう意味じゃなくて! 『天体観測』の曲に合わせて、曲の主人公になりきることが重要ってことだよ」


「は? 何それ、めっちゃ厨二病じゃん」


 マミはふと我に返った。

 あ、そうだ。アタシたち、中学生じゃん。



「え、これって厨二病なの? まじかよ、気をつけないと……」


 カケルは自覚無しだった。


「で、こんな時間にか弱い女の子を呼び出したってことは……、何か、話しでもあるの?」


 マミはカマをかけた。もしかしたら、この流れでカケルに告白されるかも……、と淡い期待を胸に。



「あ、ああ……、えっと、そういえばさ、今日、夕飯食べてるときに、ルカが来てさ」


(えええ、まさかの、ルカの話!?)


 マミは、まさかのつい先程までユキと揉めた話題がカケルの口から出てくるとは思わなかった。

 顔が引きつり、心臓の鼓動が早まる。


「あいつさ、何か、明日俺らが行く班行動のルート聞いてきて。確か、嵐山だっけな? 俺らが行かなくなって一緒に回れないから悲しいって言い始めたから、そもそも俺らそんな所行くって話すらしてないけどっていったら、めっちゃ焦り出してさ」


「う、うん」


「でさ、マミが嵐山に行くって言ってたから、ルカも嵐山に行きたいって思って班行動のルートに無理矢理入れ込んだらしいんだよ。でも、そもそもそんな話すらしてないって分かったみたいで、そしたら『マミに裏切られた』って言って泣き出して。そのまま出ていっちゃったんだよね。なんか、俺が泣かせたみたいになって、大野と小野寺からすげー責められたわ」


 ルカの動きを封じるため、告白させないためについた嘘。

 ユキだけでなく、カケルにも被害を与えてしまっていた。



「……マミ、お前、何でそんな嘘ついたの?」


 マミは言葉が詰まった。


 マミは答えられず、目をぱちぱちさせてうつむいたまま、黙り込む。


(よりによって、一番大事な人を巻き込んじゃうなんて。でも、ルカがカケルに告白しないために嘘付いたなんて、言えるわけがない。しかも、これから起きるかもしれなかったことだなんて、絶対信じてもらえないし。あぁ、まためまいがしてきた。こんな時に嘘がバレるなんて……)


 動悸がする。心臓が痛い。息が苦しい。首の後ろが熱い。

 マミは、混乱して出せる言葉が見つからなかった。苦しさをぐっと堪えて、声を絞り出す。


「……なさい」


「……え? なんて?」


「ご、……ごめん、なさい」


「お、おう……。まぁ、よく分からないけど、それってルカに言ったほうが良いんじゃ……」


 ルカは、また涙腺が崩壊し、涙が止まらなくなってしまった。


「え、ええ!? 何で泣いてんの!? やめろよ、俺が泣かせたみたいになっちゃうだろ」


 カケルはマミの両肩にそっと手をおいた。


「う、ううう……」


 マミは涙をこらえようとするが、収まる気配が一向にない。


「わかった、わかった、泣くなって。俺が悪かったから」


「か、カケルは何も悪くないよ……」


「でも、泣かせちゃったのは俺のせいだから、俺も悪いよ。……でも意外だなぁ、お前ら、めっちゃ仲良さそうに見えたから、そんな嘘つくような間柄じゃないって思ったのに」


 カケルは慰めるためわざと言ったのであろうか、マミを泣き止ませようとしているのか、ヘラヘラしている。

 

 マミには逆に、その一言がグサッと心の傷を広げた。


「……アタシだって、そんな嘘、つきたくなかったもん!」


「そ、そうだよな。ごめんごめん」


 カケルは、マミが泣き止まないことに対して焦っている。


「でもさ、マミって、嘘つかないまっすぐな奴だと思ってたから、正直こんな一面見てちょっと怖くなったかも。……もしかして、俺にも何か嘘ついてたりして――」



 カケルは、マミをなだめようと、アハハと笑いながら探りを入れてきた。


 だがマミは、その言葉を真摯に受け止めてしまった。


(……もうこの場に居てはいけない気がする。これ以上カケルに怪しまれたくない。これ以上カケルと話してたら、今のアタシじゃいられなくなるかもしれない。だめだ、この場から離れよう)



 マミは、黙って立ち上がると、止まらない涙を手でぬぐいながら、カケルの顔も見ずに黙ってパーテーションの横を小走りで通り抜け、マッサージルームを立ち去った。


「え、ちょっと待って、まだ話終わってないけど……」


 カケルはそう言いかけるも、いきなりそそくさと出ていったマミを止めることができず、その場で立ち尽くした。



「もしかして、マミ、本当に俺にも嘘を……」

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