第33話 午前2時
『午前2時、旅館の最上階の大浴場に待ち合わせで。寝ないで来いよな!』
マミは救護室を飛び出すと、そう書かれたメモの言葉通りに最上階へ向かっていった。
深夜のため、教師たちの見回りは終了しているようだったが、マミは念の為物陰を隠れるようにして、壁伝いに最上階を目指した。
救護室から最上階までは5階分登らないといけない。
マミは、階段をはぁはぁと息を切らしながら登り、ついに最上階ににたどり着いた。
最上階は広いロビーのようになっていて、中央には至るところにベンチが並んでおり、風呂上がりの人がベンチで休めるようになっていた。
周りには、たくさんの自動販売機が稼働している。
暗いロビーの中、ほのかに明るいライトと自販機のライトが薄暗く光っている。
マミは辺りを見回すと、複数あるベンチの中にカケルが座っているのを見つけた。
近づいて「カケル、待たせちゃってごめんねー」と話しかけると、カケルは人差し指を立てて唇に付け、静かにするようにジェスチャーした。
カケルは立ち上がると、マッサージが受けられる料金表が貼られたパーテーションの方を指差し、「あっちに行くぞ」と声を殺しながら指示した。
パーテーションは部屋の中に別空間を生み出す移動式の壁のようなものである。
マミはカケルについていくと、パーテーションの裏には人が一人分寝っ転がれるような簡易ベッドが置いてあり、すぐそばにある大きな窓から注がれる月明かりに照らされていた。
「え、カケル、何ここ……。もしかして、こんな時間にアタシを呼び出して、いやらしいことでもしようとしてる?」
マミはカケルを蔑んだ表情で睨む。
察したカケルは「ち、ちげぇよ!」と焦りながら否定すると、窓の方を指差した。
「ほら、今日、月も満月だし、雲がなくて空にも星がたくさん広がってるだろ? で、午前二時だよ。これで分かんない?」
「は? ……全然分かんないんだけど。 星空を見させてロマンチックになって、それでアタシを襲おうって算段な?」
「だからちげぇってば! ……ほら、コレ貸すよ」
よく見るとカケルはウエストポーチを持っていて、そこから双眼鏡を取り出すとマミに手渡した。
「……ん? どういうこと?」
「天体観測だよ。……京都の空は俺らが住んでるところよりも空気が澄んでて空もきれいだっていうじゃん。雨も降らないって前からラジオで聞いてたし。だから、天体観測しようぜ」
「え? 双眼鏡で天体観測すんの? 普通、望遠鏡じゃない?」
「う、うっせぇな! 望遠鏡は流石に持ってこれなかったから、双眼鏡で勘弁してくれ。
「ふーん。てか、何でこんな時間? 別にいつでもできるじゃん」
「京都の澄んだ空で見たかったんだよ! 時間は……午前二時が良かったんだよ。マミ、前に好きだって言ってたじゃん」
「え? アタシが夜中の2時が好きだなんていつ言ったっけ?」
マミは過去の出来事をさかのぼった。
(カケルと曲について話したときのこと……。カケルに好きな曲だって伝えたときのこと……。多分、曲のことについて話したのは、現世から過去に戻ってきて最初のタイミングだったから……)
「だから違くて! ……ほら、BOMPのさ、マミが前に好きって言った曲あるじゃん」
マミはある曲が頭をよぎった。
「……あ! もしかして、『天体観測』のこと!?」
「そう、それ! やっと分かってくれたわ~。……アレってさ、午前2時に天体観測する歌詞じゃん?」
「まどろっこしいこと説明しないで、最初からそう言えばいいのに! てか、あの曲の歌詞だと、午前2時は踏切前で望遠鏡を担いでるし、アタシ大げさな荷物背負って来てないし、何なら手ぶらだし。双眼鏡って、見えないもの見ようとして覗き込んでもちゃんと観測できなくない!? 自販機の機械音も鳴っててぜんぜん静寂じゃないし……」
マミの口から歌詞のセリフがどっと溢れてきた。実は、カケルと話したその日から、無性に懐かしくなり、一人でひたすら曲を聴いて歌詞を覚えてしまっていたのであった。
「お、おう、さすがマミ。よく歌詞のこと覚えてんな。……ま、細かいことは良いからさ、そこのベッドに座って天体観測しようぜ」
「ちょっと、そんなこと言っていやらしいことしようとしてないよね!?」
「し、しねーよ!」
2人はうだうだと喋りながら簡易ベッドに腰掛けるのであった。
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