第30話 ビュッフェ
ユキはやたらとカケルにお近づきになりたいようだ。
ついさっきまで疑いをかけていたかと思うと、コロッと態度を変えてマミにヘコヘコし始めた。
「マミさんマミさん、ウチはどうすればいいですかね? うまいこと、カケルくんにお母さんと会える機会セッティングしてくれませんかね? 報酬はたんまりと差し上げますよ?」
にぎにぎと両手を握り、ニヤニヤしながらマミに迫ってくる。
「え、ええと、アタシも最近会ってないし、ちょっと難しいかなぁ……」
「そんなこと言わずにぃ。女将さん、そこをなんとか~」
そんな互いに押し問答を繰り広げていると、生徒を会場に連れて行くために見回りをしていた教師が2人を見つけ「おーい、早くしろー、食べ物なくなっちまうぞー」と部屋を出るように促したのであった。
2人はビュッフェ会場に到着すると、そこには料理を取るために長蛇の列が並んでいた。
既に取り終えて席に着席している生徒たちもいるようだ。
「うっわ~、すごい列だね、ウチらも早く行けばよかったな~」
ユキはマミの前で少し後悔した顔を見せた。
(誰のせいで遅くなったと思ってるんだこの子は……)
ユキがとぼけたことを言うのでマミはイラッとしていると、前方の方でカケルたちが料理を運んでいるのが見えた。どうやら席を選んでいるようだ。
(あ、もう料理取り終えたんだ。久々にカケルとご飯一緒に食べたいなぁ……)
そう思いながらぼうっと眺めていると、並んでいるマミたちとは正反対の、会場の端の一番静かそうな席を選んだようで、大野と小野寺と3人で腰を掛けた。
(端っこの席か……。そういえばカケル、ガヤガヤしているところあんまり得意じゃなかったんだっけ。それなのに、大学生になったらギターボーカルで演奏しちゃってるんだもんな。きっとこれからもっと大人に成長していくんだろうな……)
行く末のカケルのことを想像しながらふふっと微笑んでいると、マミはもうすぐ料理を取れる直前まで近づいてきた。
だがその直前、会場内にキンと通る声がマミの耳に届いた。
「あ~っ! カケルくん、こんなところにいたんだー! ルカたちもこっちに座ろうと思ってたんだー! ここ、座っていーい?」
マミはバッと声の方を振り向くと、ルカと、その取り巻きの女子たちがカケルの席の向かい側に座ろうとしている。
(うわ! こんなところでもルカがアプローチしてくるなんて! ぬかった、完全に見落としてた! どうしよう、なんとか席を離れさせたいけど、もう料理も目の前だし、今から割って入るのもおかしな話だし、どうすれば……)
マミは悶々と立ち止まって考えていると、後ろに並ぶ生徒からから「早く進んでー」と圧をかけられ、渋々料理を取っていった。
選ぶよりもルカたちの行動の方が気になってしまい、料理もまともに選べない。
バッと振り向くと、カケルの正面にルカが座っていた。
(やられた……! このままルカはカケルと距離を詰める気だ、でももう、席が決まっちゃったら動くことも無いだろうな……。もう、今回は諦めるしか……)
マミは、諦めて料理を選ぶことに集中することにした。ユキはこの状況に気付いていないのか、ニコニコしながら出ている料理を全て1種類ずつ皿に乗せており、皿の上が料理で溢れていた。
料理を全て取り終えた2人は、残り少なくなってきた空いている席についた。カケルたちからは距離が遠いが、ぎりぎりルカの顔が見える。
ルカは相変わらずニコニコとしており、前のめりになって喋っている。おそらくグイグイアプローチをかけているのであろう。
教師が「いただきます!」と号令をかけると、一斉に生徒たちが食べ始めた。
ガヤガヤと賑わう会場内の声。
食器とお箸、金属のスプーンとフォークがガチャガチャと触れ合う音。
隣で「ん~! 美味し~!」と感嘆するユキの幸せそうな声。
マミは、そんな雑音はお構いなしに、料理を口に運びながらルカの方をチラチラと見て、表情をチェックしていた。
ユキから「何見てんの~?」と聞かれても、「ううん、何でもない」と苦笑いしながらまたチラチラと見る。
(もう失敗できないし、ルカに先を越されたら、もう一生カケルとは結ばれなくなっちゃう……!)
連続して起きた過去とは違う出来事が続き不安に駆られていたマミは、取り憑かれたかのようにルカを監視するようになっていた。自分でも狂気じみているとは分かっていたが、居ても立っても居られない。
しばらくチラチラと見ていたが、ユキが「ねぇ、どうしたの? 何か今日マミおかしいよ?」と何度も心配の声をかけてくるので、マミは「ううん、大丈夫だよ、いつもと一緒だよ」と微笑んで、食事に集中することにした。
改めてしっかり味わって食べると、案外美味しい。レビューサイトを調べたときに並のレベルの料理、と書かれていたがまるで嘘のようだ。
マミは「料理美味しいね!」とユキに話しかけながら食事を楽しんでいると、ふとルカのことを思い出して、もう一度チラッとルカの方を見た。
――ルカは、目に両手を当てて、顔を真っ赤にして泣いていた。
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