第29話 何だったの?

 教師に怒られ、周りからクスクスと笑われたマミとユキは、シートに座り直すとお互いに黙り込んだ。


 ユキはふてくされた表情で窓を眺めている。


(助かったぁ~。ユキ、一回スイッチ入ったら止まらなくなるんだもんなぁ)


 過去、二人で海外旅行に一緒に行ったときにも、旅行先のイタリアで、イケメンのイタリア人男性から声をかけられ、情熱的にアプローチをされたとき。

 ユキは宿泊先のホテルに戻らず、男性の家に泊まると言い張ってマミの忠告を全く聞かなかった。


 この頃から、脈々とその頭角が現れていたのかもしれない。



 マミは静かになったバスの中で、過去とは違うことが立て続けに起きていることに不安を感じていた。


 嵐山に行くとユキに嘘をついたことを発端に。

 当日の朝にユキが車で通りすがり。

 新幹線でユキがカミングアウトをし。

 奈良公園でユキが仕掛け。

 カケルがよくわからないメモ用紙を渡してきて。

 

 この後、きっと旅館でも何か起こるに違いない。


 そう思いながらバスに揺られていると、宿泊する旅館が見えてきた。




 旅館は、老舗だが団体でも宿泊が可能な古き良き一般的な和風の旅館だ。

 マミは気になって事前に調べてみたが、温泉や絶景などこれと言って目立つ特徴はない。食事もビュッフェ形式だが、これといった郷土料理も出てくるわけでもない。可もなく不可もない様子だ。


 生徒たちはバスから降り、それぞれの大荷物をバスから取り出すと、旅館の広いロビーに集合し、教師陣からの注意を受けた。

 

「くれぐれも就寝時間の後に部屋移動をしないように! 先生たちは巡回してるから、もし部屋移動しているところを見つけたら、部屋の外の廊下で立って寝てもらうからなー!」


(え、部屋から出たら先生に見つかっちゃうじゃん! でも午前2時だったら、さすがに先生も寝落ちしてるよね……。カケル、ホントに何考えてるんだろ?)


 マミは教師の話を聞きながら不安になりつつも、全て聞き終え、部屋へ戻っていった。



 マミの部屋はユキと一緒の女子6人部屋である。

 部屋に到着すると他の女子たちは荷解きをしながら「この後ご飯楽しみだねー」「お風呂どんな感じかなー」「夜何時まで起きちゃう?」と、浮かれた会話をワイワイと楽しんでいる。

 

 ユキからもう一度同じ話を切り替えされないように、マミも会話に混ざった。ユキも、マミに話しかけようとチャンスを伺っていたようだが諦めたらしく、一緒に会話に混ざった。



 そうこうしていると、早速夕飯の時刻になった。女子たちは「ビュッフェだー!」とキャッキャしながら部屋を出ていく。マミも一緒になって部屋を出ようとしたとき。


「あ、マミ~! ウチ、食べた後に飲むお薬が見つからなくて。見つけたあとに一人で行くの怖いから、ちょっと待って~」


 ユキからいつもの調子でおねだりされた。マミは「もう~早くしてよ、列が混んじゃうよ」と言いながらも仕方なくユキを待つことにし、他の女子たちを見送って二人きりになった。


 ユキは自分のかばんをごそごそと探していたが、女子たちがいなくなると探す素振りをを止めた。


「……で、マミ。結局メモに書いてあったの?」


(うわっ、薬探すとか言っておきながら! やられた~、そのまま一緒に付いていけばよかった……)


 マミは再び話を振られ、怪訝な表情を浮かべながら黙っていると、ユキがかばんを閉じてグイグイとマミに近寄った。


「ねぇ! 何て書いてあったの? 教えてよ! 親友じゃん!」

「いや、だから大したこと書いてないってば――」

「じゃあ良いじゃん! 大したことないこと、教えてよ! ねぇ、なんで隠すの?」


 ユキは今にも泣き出しそうな顔をしてマミを見上げている。


 マミは、黙り通すのが難しいことを悟った。


「……わかったよ、そこまで言うなら教えるよ。……メモにはね」


「――メモには?」


「……メモには、カケルのお母さんからの伝言が書かれてたの。ほら、アタシとカケルって小学生入る前からの幼馴染じゃん? アタシ、お母さんとも仲良くてさ、お母さんから、アタシに、『楽しんできてね』みたいなことを伝えたかったみたいでね、カケルにお手紙みたいなメモを渡してたみたいなの」



 嘘だった。

 また嘘をついてしまった。


(うわぁ……。苦し紛れでよく意味分かんない嘘ついちゃった……。バレバレすぎる、これ絶対嘘だって分かっちゃうよ……)


 苦笑いしながら、マミは冷や汗をかいた。

 ユキはポカンとした顔で沈黙している。


 マミにとって、その沈黙が長い時間に感じられた。



 ――しばらく沈黙の時間が続くと、ユキは口を開いた。


「……ずるい! カケルくんのお母さんとも仲良くなってるなんて! ウチ、挨拶もしたこと無いのに! ……どうやったらお母さんとお近づきになれるかな? 今度マミの力で会わせてよ~」


 ――ユキは完全に嘘を信じこんでしまったのであった。

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