第28話 メモ用紙

 クラス単位での行動だからか、法隆寺ではルカが乱入しにくることはなかった。 


 ルカが来ない間はユキを見張っていれば良いので、マミは比較的穏やかな気持ちで見学することができた。

 やはり五重塔は何度見ても圧巻だなぁ、と思いながらまじまじを塔を見つめていると、カケルがマミをツンツンと指でつついてきた。


「あ、あのさ、これ……、これ、受けとってくんない?」


 これ、と言われてマミはカケルの手元を見ると、その手の平の上には折りたたまれたメモ用紙が置かれていた。


 マミは不思議そうにそのメモ用紙を受け取って開こうとすると、カケルは「ちょ、ちょいちょいちょい! まだここでは開くな。あとで、夕方とか夜とかそれくらいのときに、俺がいないときに開いてくれたらいいから」と開くのを遮った。


「う、うん。よくわかんないけど……、あとで開くね」


 マミはとりあえずメモを制服のポケットの中にしまうと、カケルは「よ、よし。それでいいそれでいい。……じゃ、じゃあまた後で」とマミに顔も合わせず恥ずかしそうにそそくさとマミから離れていった。



(なんだったんだろう……。こんなの、過去では受けとったこと無かったけど……。やっぱり未来変わって来ちゃってるんだ、この先大丈夫かな……)


 マミは去っていくカケルを見つめながら、また少し不安を覚えた。



 法隆寺の見学が全て終了し、バスに乗り込む前にお手洗いに行く時間が設けられた。

 マミは出発前に済ませておこうと、トイレの個室に入ると、五重塔でカケルが渡してきたメモを思い出した。


(そういえば、あのメモに何が書かれてるんだろう……。ちょっとドキドキするけど、開いてみよう……)


 マミは制服のポケットからメモを取り出し、バッとメモを開いた。すると、メモにはこう書かれていた。



『午前2時、旅館の最上階の大浴場に待ち合わせで。寝ないで来いよな!』



(……ん? 会ってくれるの? てか、午前2時? そんな時間に会うの? ド深夜なんですけど……。確かに先生たちはその時間になったら見回りも終わってるだろうけど、そんな時間まで起きてたら、明日も早いし、班行動に支障が出るんじゃ……)


 マミはなぜ午前2時に呼び出されているのかが理解できなかったが、とりあえずカケルが呼び出してくれている、ということに喜びを覚えた。

 

(ま、社会人のときは仕事でいつも終電で帰ってから資料とか作ってたし、寝るのがいつも3時とかだったから、睡眠が足りなくなるのは慣れてたし別に良いんだけどね。今は人生やり直してるし、今度こそ失敗しないようにしなくちゃ……! でも、真意だけ聞いておきたいな……)


 マミはメモを再び制服のポケットに入れると、そそくさとトイレを済ましてバスに乗り込む。

 一同を乗せたバスは、京都にある旅館に向けて出発した。



 しばらく走行していると、窓際の席から鬼のような形相でユキがマミを睨んできた。


「マ~ミ~!? 見てたよ……」


「……ん? なんのこと?」


 キョトンとした顔で答えるマミに、ユキの形相が更に曇る。


「カケルくんから、五重塔らへんで何か受け取ってなかった……?」


「……へ? 見てたの? あ、でもそんなに大したものじゃ――」

「何でマミばっかり! ずるいよ! ウチには!? ウチだってほしいじゃん! ……ねぇ、何もらったの? 教えてよ」


 ユキのボルテージがどんどん上がっていく。


「いやいやいや、落ち着いて! ホントに大したものじゃないから。メモ用紙もらっただけだから」


「メモ……? どうしてメモなんかもらうの? メモには何て書いてあったの?」


「いや、それは流石にちょっと――」

「何で隠すの? ウチが修学旅行終わったら何するか知ってるよね? 何が書かれてたの! ねぇ、教えてよ!」


「いやいや、だってそれはプライバシーとかあると思うし――」

「もう~!」


 ユキは両手をバタバタを振ってもどかしそうにしている。


「そのメモ用紙どこにあるの? ……ちょっと見せてよ、ちょっとだけでいいからさぁ。ねぇ、ほら、先っちょだけでもいいからさぁ」


 急に怒ったり企んだ顔になったり、コロコロと表情を買えるユキ。


「はい? 先っちょだけってどういうこと? ……ちょっと、ペタペタ身体触らないでよ、そこはダメ! ……落ち着いてってば、どこにもメモなんてないから!」


「嘘だね! 絶対隠してそうな顔してるもん! じゃあ今メモはどこにあるの?」


「な、奈良公園のゴミ箱に捨てたけど……」


「公園のゴミ箱? 嘘だね~、マミが人からもらったもの捨てるわけ無いもん! ほら、どこにあるか教えて? そこの胸ポケットが怪しいなぁ~」


 ニヤニヤと手をマミの胸へ伸ばすユキ。マミはユキの腕を掴んて必死に阻止する。


「もう! 無いったら無いってば! もう、やめてって!」


「よいではないか、よいではないかぁ」


――怒った表情から一変して、いやらしいことをするかような表情のユキの両腕を必死に抑える。

 阻止しようと通路側にのけぞった、そのとき。


 バスの前の方から教師がマミたちのもとへ近づき、「うっさいぞお前ら!」と怒号を浴びせた。


「こんなバスの中でじゃれてるんじゃねーぞ! お前ら以外みんな静かにしてるんだぞ、黙っとけ!」


 教師は丸めた旅のしおりでマミとユキの頭をパコンッ、パコンッと叩き、席に戻って行った。

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