第11話 トシゾウ、再び

 ルートを聞いたあとにタイムスリップしたマミは、班散策のルートが何なのかを覚えていなかったため聞きにくそうに尋ねた。

 カケルは「えーまたかよ」と悪態をつきながらも、かばんからルートを記載したプリントを取り出し、マミに見せた。


 マミも久々に自分の中学時代に使っていたかばんを開き、筆箱からボールペンと大学ノートを取り出してパパっとメモを取ると、カケルにプリントを返しつつノートを丁寧にしまった。


 自分の使っていたかばんや筆箱など、久々に触れるものの多さから懐かしさに浸っていると、じれったくなったのか、カケルは「じゃ、俺カラオケ行ってくるから!」と告げ、マミの元から去ってしまった。


 一人取り残されたマミは少し怪訝な顔をしていたが、このやりとりも懐かしさがこみ上げ、ふふっと笑みを浮かべた。


「せっかく久々に話せたのにもう帰っちゃった。……でも、久々にカケルと話せてすごくホッとしたなぁ」


 喧嘩してからずっと話せなかったカケルとまた話すことができた喜びを噛み締めながら、マミはベンチから立ち上がって公園の出口に向かって歩き出そうとした。



 ――その時だった。



 マミの背後から、ぱちぱちぱちぱち、とペースの遅い乾いた拍手の音が聞こえてきた。



(こ、この拍手は……!)


 聞き覚える拍手に、マミはハッと振り返る。

 音の先には、霊安室で遭遇し、いきなりタイムスリップさせた「トシゾウ」がベンチに座っていた。


「いやぁ~、ピンポイントの時期にうまくタイムスリップできましたね。過去に戻れてよかったですねぇ、マミさん」



 うんうん、とうなずきながら拍手するトシゾウを見て、マミはいきなりタイムスリップさせたれた驚きといきなり過去に送った怒りをぶつけたくなり、ずんずんとベンチに歩みを戻すと興奮気味に叫んだ。


「ちょっと! いきなりタイムスリップさせるなんてひどいでしょ! もうちょっと心の準備させてよ!」


 トシゾウは「はて」と首をかしげる。

「いやいや、タイムスリップしたいと仰ったのはマミさんではないですか。だから、一番やり直しが効きそうな時期に戻してあげたんですよ。何もそんなに怒らなくても。久々にカケルさんとお話できて楽しかったでしょう?」


 トシゾウに淡々と言い返され、マミもあながち間違っちゃいない、とたじろいだ。


「まあ確かに? 一番タイミングの良い時期に戻してもらえたとは思ってるし? ありがたいとは思ってますけど? ……ん? ちょっと待って、なんであなたが“一番やり直しが効く時期”を知ってるわけ?」


 よくよく考えてみると、なぜピンポイントでカケルから班散策のルートを聞き出すタイミングに戻れたのか、マミには不思議だった。

(もしかして、このおじさんはアタシの過去を知っている…?)


「ああ、それはですね。あなたの元に派遣される前に財団の“悔恨データバンク”から事前に情報収集してきたんですよ。だから、あなたが過去どんなことを思って、どの時にどんな後悔をしたのか全て分かっています。悔恨データも私のスマホにクラウドからダウンロードしてきたので、いつでもチェックできますよ」

 

 トシゾウは浴衣の懐からスマホを取り出すと、スマホを顔に近づけ、眉間にシワを寄せながら右手の人差し指で操作し始めた。


「え? “悔恨データバンク”って何それ、財団ってどれだけあの世で幅利かせてるの? アタシの過去が全部分かるってどういうこと? 過去自分が何をしていたか分かっちゃうとか、死人にはプライバシーも剥奪されちゃうわけ!?」


 トシゾウから淡々と発される単語の数々に、マミは戸惑いを隠せない。


「ちょっと、何なのその仕組み!  死人に口なしってこと? ふざけないでよ、勝手に人のプライバシー覗かないで!」


 キレ気味になっているマミを完全に無視し、トシゾウはスマホを見つめて「あった、あった」と記載されている内容を読み上げた。


「201×年10月、陸上部の地方大会、男子の短距離決勝戦へマミさんはカケルさんの応援に駆けつけていたみたいですね。マミさん、差し入れでカケルさんのために手作り弁当を作って行ったでしょう? 話しかけるタイミングも何回かあったのに、もらってもらえなかったら、食べてみて美味しくなかったら、とか不安がって渡せなかったみたいですね。で、もじもじしていたら結局渡すタイミングを無くして1日が終わってしまったと。ひひっ、乙女ですねぇ、マミさん。他にもありますよ、201×年12月に――」


 マミの白い頬と耳が真っ赤に染まっていった。マミはこれ以上言われまい、とトシゾウの朗読を大声で遮った。


「――はわわわわ、ば、ばか! これ以上何も言わないでよ! ふざけないでーーー!!!」


 マミはトシゾウに近づき、急いでトシゾウのスマホを取り上げようと右手をブンっとなぎ払った。

 だが、スマホは掴めず右手はスカっと宙を舞う。

 

 トシゾウは、余裕綽々な顔でマミに話しかけた。


「ああ、言いませんでしたっけ? 私の姿は死んでも尚この世に残っている魂か、私のことを1度でも見たことのある人にしか見えません。この世の人間として復活しているマミさんには、私の姿は見えますが、私と私の所有物に触れることはできませんのであしからず」



 ……ヒソヒソと笑い声が聞こえる。


 マミは周囲を見渡すと、公園にいた他の人たちがマミを一斉に見ている。哀れんでいる顔、ほくそ笑んでいる顔、怖いものを見た顔を向けられていた。


 周りからは、マミが一人でベンチに向かって癇癪を起こし、怒鳴り散らしているようにしか見えなかった。



 マミの顔が、かあっと全体を赤く染まっていった。


マミは何も言わず両手で顔を覆うと、そのままくるっと振り返り、トボトボと公園の出口に向かって歩き始めのだった。

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