第10話 タイムスリップ

 ――遠のいた意識の中で、マミは次第に音が聞こえてくるのを感じた。



(……音が聞こえる。何かの曲のようだ。聞き覚えのある曲だ。……声も聞こえる。誰の声だっけな。聞き覚えのある声だ。ああ、懐かしいなぁ。なんだかすごくあったかいや……)

 


「――マミ。おい、マミってば。聞こえてる? そろそろ帰るぞー。おーい、マミさーん。いつまで寝てるんですかー。置いていきますよー。…ったく、しょうがねえなあ」



 マミの意識がだんだんとはっきりしてきた。誰かに両肩を掴まれて揺さぶられているのを感じる。

 上を向きながら寝ていたようで、顎が重力に引っ張られ開きっぱなしで寝ていたようだ。


 マミはゆっくりと目を開いた。

 

 雲ひとつ無い青空。気温は温かく、そよ風が心地いい。木陰にいるようだ。葉っぱの間からチラチラと差し込む日差しが眩しい。



(なんて気持ち良い天気なんだろう……。ここ、もしかして天国かな……)


 マミはのほほんと現実離れした光景を思い浮かべつつ、肩を掴まれている先を向くと、そこにはなんと、中学生の姿になったカケルがいた。



「うわあぁぁぁぁ!!!」


 マミは思いっきり驚き、カケルの両腕を振り払った。さっきまで霊安室で泣いていたカケルが、中学生の姿でマミの目の前にいるなんて……!


 マミは、半信半疑でまじまじとカケルの顔を見つめた。


(中学のときのカケル? 肩を掴まれてた感覚もあるし気温も感じるし、身体の感覚がしっかりある。あれ、天国じゃない? もしかして本当にタイムスリップしちゃったのかも……?)



 カケルはいきなり驚き出したと思ったら急におとなしくなったマミを見てキョトンとしていたが、見つめられているのが恥ずかしいのか目線を横にそらした。


「なんだよ、寝て起きたら急に大声出してきたり、起きた途端ジロジロ見てきたり。変な夢でも見たのか?」


「あ、いや! なんでもないよ! 確かに変な夢見てたかも、しかも相当なやつ…えへへ。」



 本当に昔のカケルと話せている。動揺を隠すため、マミはとびっきりの苦笑いをした。



 イヤホンの先から、聞き覚えのある曲が流れていた。あれ、そう言えばこの曲、大学祭のときにカケルが演奏してた曲かも……?


 マミは苦し紛れにカケルに尋ねた。


「えーと、あ。ねえねえ、そういえばこの曲、何だっけ? 聞いたことあるような気がするんだよねえ……。」


「あ、ああ、この曲? ボンプの『天体観測』だよ。さすがにこの曲はマミでも知ってたかー有名だもんな! ボンプってさ、結構前から活動しているバンドだからたくさん曲があるんだけど、これはバンドの代表曲。ストレートな歌詞がカッコよくてさ、このバンドの中で俺の一番好きな曲なんだ。特にここのギターのフレーズがめちゃくちゃカッコいいんだ!」


 そう言ってカケルはエアギターをし始めた。



マミは、カケルのエアギターする素振りを見て、曲を完全に思い出した。


(ああ、BOMP OF CHICKの『天体観測』か! そういえばカケルが中学3年生くらいの時にどっぷりハマってて、昔の曲から新しい曲までよく聞かされてたっけ。この曲を大学祭のときに弾いてたんだ、あの時思い出せておけばよかったな。……ん? ということは、今は中学3年生くらいってこと? あれ、そう言えばここはどこだろう?)


「あ、ああ、『天体観測』だ! カッコいいよねこの曲! アタシもこの曲大好き! ……てかさ、アタシたち、なんでここにいるんだっけ?」


「え? だってマミが『修学旅行の班散策で男子が行きたいルートを知りたいから帰るときに教えて』って言ってきて、いつものこの公園に来たんじゃん。そしたらマミ気づいたら寝ちゃってて……。てか、マミもこの曲好きか! やっぱりカッコいいよな~! カラオケ行きたくなってきた!」



(ああそうだ、思い出した! 確か当時も公園で待ち合わせして、暑いから木陰で話そうって木の下のベンチで話してたんだっけ。聞き終えて帰ろうとしたら、カケルにおすすめの曲を紹介されて試しに聴いてたんだ。……てことは、その時期までタイムスリップしたってこと!?)


 マミはカケルの着ている服を見た。カケルは白いYシャツの上に黒い学ランを羽織っている。冬服には似つかわしくない気温。マミは既に夏服に切り替えていたようだ。



 マミは自分の置かれている状況を理解した。

 

 中学3年生のころにタイムスリップしている。今は冬服から夏服に衣替えする、5月中旬くらいか。カケルから男子が希望する散策ルートを聞いたということは、まだ修学旅行前でカケルとも普段どおりに話せていた時期だ。



(よ、よし! なんだかよく分からないけど、本当にタイムスリップできたみたい。あのおじさん、本当はすごいじゃん! これからカケルに告白される予定のときまで頑張って、お互い後悔が残らないように頑張らなくっちゃ!)


 マミは奮起すると、楽しそうにエアギターをしているカケルを見て遠慮がちに話しかけた。


「……あ、あのさ、カラオケに行く前に、もう一回だけ班散策の希望ルート、教えてもらってもいい?」

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