第9話 引きつり笑い

「マミさん、だいぶ後悔しているようですね。私を見て余計に後悔の念が増してしまう人は多いようなので、お気になさらないでください。ひひっ」


 引きつった笑顔を浮かべながら、なだめようとしてくるトシゾウに、マミはだんだん腹が立ち始めた。


「で、撲滅委員会のトシゾウさんが何の用ですか? アタシ、もしかしてあの世でひどいことでもされちゃうんですか?」


「いえ、そんなことは滅相もございませんよ。さて、マミさん。あなた、今抱えていらっしゃる後悔の念を晴らしたいと思っていませんか? 私には、それができます。私の力なら、後悔を晴らすために何だってしてあげられます。さあ、私に何がしてほしいですか?」


「……ん? 何でアタシのためにそこまでしてくれるの? 何が目的でそんなにアタシに執着するわけ? もちろん後悔をなんとかしたい気持ちでいっぱいだけど、何を企んでるの?」


 マミは完全に疑心暗鬼になっていた。


「ああ、それはですね。後悔を晴らしてあげるたびに、加入している財団から奨励金をもらえるのですよ。あの世で暮らすときには色々とお金が必要でしてね。私はもう歳も歳なので、雇ってくれるところがなかなか無いわけですから、こういった日銭稼ぎも大事な日課になっているのです」


「ちょっと! アタシはあんたの日銭稼ぎのために後悔してるわけじゃないんだけど! ……まあいいわ。考えるからちょっと時間をちょうだい」


 どうぞどうぞ、と引きつり笑いをするトシゾウを横目に、マミは考え始めた。


(後悔を晴らすためだったら――、そうだ、蘇ってもう一度カケルに謝れば、この後悔も晴れるし、もしかして告白もされちゃって無事に結ばれることになるかも?)


「……じゃ、じゃあ、今すぐあの身体を復活させてアタシを蘇らせるっているのはどう?」


「それは残念ながら無理ですね。一度死んでしまった身体は、もう元に戻ることができませんので。残念ですが、他をご検討くださいませ」



(だめじゃん! 何だってしてくれないじゃん、この嘘つき! ったく、死んだ身体を蘇らせることができないなら、そしたら……)


 マミは苛立ちながらも考えた。何か裏をかくような、でも実現できるようなことは……。


 ――ふと、昔見たドラマのシーンを思い出した。


 主人公が過去にタイムスリップして、人生の出来事を変えていくドラマ。よし、これならできるかも!


「じゃあさじゃあさ、アタシが生きている過去にタイムスリップして、中学の修学旅行前から人生やり直すってのはどう? ね? これならできるでしょ?」


 マミは半信半疑ではありつつも、勢いよくドヤ顔でトシゾウに尋ねた。


「おお、そんなことで良いんですね。承知いたしました。お安い御用です。早速過去に行きますか。こういうのは早い方が良いですからね。それでは……」



 トシゾウはそう言うと、首に下げた大きな数珠を外して手に取り、じゃらじゃらと数珠をこすり合わせながら目を瞑って何を言っているかわからない早さでぶつぶつと念仏を唱え始めた。


「え、もう行くの? まだ心の準備できてないんですけど! こんな簡単に過去行けちゃうなんておかしくない? もしかして何か代償とか支払わなきゃいけなかったりするわけ?」


 トシゾウはマミの質問は完全無視で、ひたすら念仏を唱え続ける。すると、マミを形どっていた魂の身体がどんどん薄くなっていった。


「ちょっと! 無視しないでよ! てか、身体がどんどん薄くなっていくんですけど!視界もだんだんぼやけてるし! ねえ、答えてよ! このままアタシあの世行きなんてことないよね? 代償支払わないといけないとかないよね? ねえってば! ねえ! いやあああぁぁぁ……」


 マミの声はだんだん小さくなっていき、やがて声が消え、そして魂も見えなくなってしまった。



 トシゾウは、念仏を唱えるのを止め、「ふぅ」と一息つくと、ニヤりと引きつり笑いをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る