第8話 財団法人悔恨魂撲滅委員会

「誰!?」


 マミは振り返ると、そこには全身白い浴衣に包まれたおじさんが立っていた。おじさんというよりはおじいさんと言うべきか。



 黒髪がまだらにはいっている白髪の短髪で、中肉中背で身長はマミよりも低い。大きなべっこう色の数珠を首にだらんとぶら下げ、白い浴衣には似合わない金光りの大きな腕時計と、ピカピカの黒い革靴が何やら胡散臭さを醸し出している。

 見るからに怪しいが、表情は右頬の口角だけ上がった不敵な笑みを浮かべている。目や頬など、それ以外は完全に無表情で何を考えているのか全く読み取れない。



 どうやら、カケルにはおじさんの姿が見えていないようだ。近くでえんえんと泣いているカケルには先程の拍手の音も聞こえていないようだった。



 おじさんは、うんうんとうずきながら、ゆっくりとマミに近づいていった。そして、涙まみれのマミの顔に向かって話しかけた。


「いやあ、お嬢さん、良い後悔してますねぇ。こんなに深い後悔をしている霊は初めて見ましたよ。さすが若くして亡くなっただけあって後悔の念も深いですねぇ。うんうん」



 マミは突然声を掛けてきた謎のおじさんを見て、振り向いた顔を動かすことができなかった。恐怖からか、止まったはずの心臓がバクバクしている感覚を覚えた。


(だ、誰!? 何なのあのおじさん? アタシのことが見えてるの? めちゃくちゃ怖いんですけど! 何ならおばけよりも怖いんですけど! もしかして、アタシのこと成仏させるために現れた!? せっかくカケルと会えたのに、よりによって今? え、待って、近寄らないで! いやあぁぁぁ!)



 ゆっくりと近づいてくる不気味なおじさんに、マミは怖さのあまりうずくまってしまった。


 すると、おじさんはマミの肩を優しくポンっと叩いた。

 

「何にそんなに怯えてるんです? 私は決して怪しい者じゃないですよ。まあまあ、まずは顔を上げておじさんの話を聞いてみませんか?」


(いやいや、十分怪しいでしょ! 自分で怪しい者ではないって言う人ほど怪しいし!)



 マミは恐る恐る顔を上げた。


 すると、おじさんは左頬の口角もニッと上げ、マミに笑顔を見せて語りかけた。


「私はトシゾウと申します。以後、お見知りおきをお願いいたします。私の姿、死んでも尚この世に残っている魂か、私のことを1度でも見たことのある人にしか見えません。つまり、そちらで泣いていらっしゃるカケルさんにも見えていません。ここまでで質問ありますか?」



(いや、質問ありますよ、むしろありまくりなんですけど!)


 ツッコミどころが多すぎると思ったが、マミは一旦「いえ、特に……」と流し、涙を拭ってトシゾウというおじさんの話を聞いてみることにした。


「よしよし、質問はありませんね。私がマミさんの前に姿を現したのは、マミさんから強い後悔の念が発されていたからです。私は、この世で後悔を残したまま死んでしまった魂の前に現れます」


 トシゾウはうんうん、とうなずきながら続けた。


「ちなみに私は“この世”ではなく“あの世”の人間で、<財団法人悔恨魂撲滅かいこんぼくめつ委員会>に属しております。今回もこの世で後悔を発している魂がいるから視察してこい、と上層部から司令を受けてこの世に降りてまいりました。あ、決して怖い組織ではありませんのでご安心を」



(……ん? あの世の人間? かいこん、たましい? 撲滅委員会って、そんな組織があの世にあるの? 確かに後悔しているのは確かだけど……もしかしてアタシ、目をつけられてる? もしかしてカケルにひどいこと言ったまま勘違いで死んじゃったから、地獄行きとかにされちゃうのかな? 超怖いんですけど! うわあ、ますます後悔してきた……)


 マミはおでこに右手の平を当て、悲痛の表情を浮かべた。


 だが、そんなマミを見つつもトシゾウにとっては全く関係ないといった様子で、うんうんとうなずきながら淡々と話し続けてくるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る