第7話 ぱちぱち

 話しながら、次第にカケルの微笑みがこわばりはじめた。


「それだったら、マミから逆に謝らせたくなるような男になってやろうって、俺なりに努力してみたんだよ。俺がモテモテになって、マミが嫉妬するくらいの男になればマミからもう一回近寄ってくれるんじゃないかって思ってさ。


 高校ではチャラチャラしてそうな友達作って、勉強もろくにしないで放課後に遊び回ったり、バイトしまくった。バイトして貯めた金で好きなバンドの曲たくさん弾けるようになりたかったから、ギター買って練習にのめり込んで。弾き語りとかできたらカッコいいしモテそうだったから、弾きながら歌えるように練習して。


 そんなことばっかりしてたから、ぜんっぜん勉強できなくてさ。でもマミ頭良かったからさ、良い大学に行くんだろうなーって思ってたし、俺も一緒のラインに立ちたくて、負けないくらい良い大学入ろうと思ったんだよ。


 でも何もしてこなかったツケが回ってきてさ、2浪もしちゃったわ。てか、マミがどこの大学に入ったのかも未だに知らねーしさ、逆にすごくない?もう笑ってくれよ」



 カケルの目が次第にうるんできた。

 溢れ出てしまいそうな涙を人指し指で拭いながら、頬を引きつらせ笑顔でマミに語りかける。


「でも2浪したおかげで良いバンドサークルに入れてさ、ちゃんとギターボーカルやらせてもらえるようになったんだよ。これでやっとモテるんじゃないかって思ったよ。けど全然そんなことなくてさ、近寄ってくんのは同じ趣味同士の野郎ばっかり。思ってた大学生活と違くてむさ苦しくて、笑っちゃうよな。


 そんなことしてたらさ、2年前の学祭で俺がライブしてた日、マミかも? って思う人が最前列にいたんだよな。今マミの顔見てて、やっぱりあの時マミが来たんだって確信したわ。


 めちゃくちゃ嬉しかった。あの時マミの顔を見つけた瞬間めちゃくちゃビックリしたけど、演奏中だったしみんな見てるしちゃんとやらなきゃって思って、マミの顔を直視できなかったんだ」



 カケルの下まぶたと下唇はつり上がり、腕を目に当てて涙を拭っている。


「そしたらさ、ちょうどラストのサビあたりくらいでマミがいなくなっちゃって。聴いててほしかったなあ。一番かっこいいところ見て欲しかったなあ。ライブが終わったあとさ、あの日のこと謝らなきゃ、チャンスは今しかない、やっと言えるときが来た、と思って大学中ぐるぐる走り回って探したんだ。けど、どこにも見当たらなくてさ。


 また一つ後悔したことが増えちゃったよ。あの時ライブなんか止めてすぐにマミに話しかけとけば良かった。そう思ったけど、せっかくの歌ってるところも見てほしかったし、止められなかったんだ。マジ優柔不断すぎるよな俺」



 カケルはもう一度マミの顔を見つめると、溢れる涙を拭うことを諦めた。


「俺、次のマミの誕生日がきたら今度こそ連絡しようって思ってたんだ。でも、その前にマミが亡くなったって知らせを聞いて、ショックすぎてもう訳が分からなくなった。どうしよう、でもこの想いとか後悔をどこに吐き出せばいいんだろう、って思って気づいたらマミの目の前まで来ちゃったよ。マジ今更すぎるよな、もっと早く来れたらよかったのに……」


 カケルはむせび泣きしながらも、必死に言葉を絞り出した。


「もうこの後悔、一生背負うしかないんだよな。もう聴いてもらえなくて悔しいよ、ちゃんと謝ることができなくて悔しいよ……。今更こんなこと言っても絶対許してもらえないだろうけど、最期に言わせてくれ。……本当に、ごめん。今まで謝れなくて、ごめん!


 ずっと……。ずっと昔から、マミの事が大好きだった。俺をここまで頑張らせてくれてありがとう、成長させてくれてありがとう。マミのこと、一生忘れないよ……」



 マミは、溢れる涙が止まらなかった。



 自分の勘違いから生まれた喧嘩で、長い間に顔を見ず声もかけなかったカケルが、ここまで自分のことを想ってくれていたなんて夢にも思わなかった。カケルは彼なりにもがき苦しみ、マミのためにここまで自分を変えようと、中学を卒業してからも努力していた。



 喧嘩したあの日、自分が知らないところでルカとカケルの間で行われていたことも全く知らなかった。カケルが高校から今にかけてそんな生活を送っていたなんて全く知らなかった。あの時ライブ会場で自分のことに気づいてくれていたのも知らなかった。そして何より、今でもマミのことを想い続けてくれていたことをずっと知らなかった。



 このことを知っていたら、未来は変えられたのだろうか。自分はカケルに想いを伝えることができたのだろうか。カケルとこれからも一緒に過ごすことができたのだろうか。


 死ぬ前までは動機にならずじまいだった後悔は、死んでから心の底から湧き上がってくる、決して覆ることのない後悔になってしまった。こんなことになるなら、死ぬ前に一日でも早く、カケルに自分の想いを伝えておくべきだった。カケルの想いを知るまで動けなかった自分が情けなくて仕方なかった。



(ああ、もう一度、中学のあの頃に戻って全部やり直せたらなぁ! カケルにこの気持ちを伝えられたらなぁ! カケルとまた一緒に笑顔で話せたらなぁ!)


 マミの涙が嗚咽と合わせて更に溢れてくる。


(やり直したい、あの頃に戻りたい! でも、もうどうすることもできない。カケル、ごめんね。アタシもカケルのことが好きだったのに、もう言えないなんて……。こんな死に方あんまりだよ、このままじゃ、死んでるけど死にきれないよ……)



 マミはもうどうすることもできないのだと思うと、涙がとめどなく溢れ出し、泣き崩れた。


 

 ――その時だった。



 マミの背後から、ぱちぱちぱちぱち、と乾いた拍手の音が聞こえてきた。

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