第3話 カケルとマミの幼少期

 ――霊安室に入ってきたカケルは、マミが2年前に見た、茶色の無造作パーマに変わりがなかった。

 だが入ってきてからというもの、悲しげな表情で顔をこわばらせていた。



(なんでカケルがここに来てるの!? 喧嘩してから一度も口を聞いてないし、もう9年もちゃんと会ってないのに! どうしよう、どんな顔して接すればいいか……。)


 マミは動揺し、驚きと興奮が顔に出てしまっていることに気づいて必死に隠そうとしたが、そういえば自分は誰にも見えないのだと思い出し、余計に恥ずかしくなった。



 カケルの目は虚ろだ。下唇を噛み締め、マミの遺体の前にとぼとぼと歩みを進めていく。


 マミは自分の遺体の横で、息を呑むようにカケルの所作を見つめる。


 カケルはマミの顔の横で膝を付き、床に顔を向け数秒間うずくまると、ぱっと見上げ、にこやかな表情でマミに話しかけ始めた。



「……マミ、覚えてる? 俺だよ、カケルだよ。まだあの頃の面影あるかな、無くても思い出してもらえるかな?……今更分かってもらえてもしょうがないよな。マミと最後に話したのって確か中学3年の時だったっけ。話したって言っても、最後は思いっきり喧嘩しただけだからまともに話せてないか。」


 苦笑いし、鼻の下と上唇の間を人差し指でさすりながらヘラヘラと話しかけるカケルを見て、マミは懐かしい気持ちでいっぱいになった。


 あの日ライブで見かけて自分から声をかけられなかったカケルが、昔と変わらない表情で話しかけてくれている。その事実だけでも、マミにとって非常に喜ばしいことだった。


 カケルはマミの身体に向かって淡々と話し続けた。


「俺さ、幼稚園のときは背も小さくて、近所に住んでた年上の奴らにからかわれてた時あったじゃん? すごい前だけど、俺があのとき大事にしてた帽子をあいつらに奪われてさ、公園くるくるパス回しみたいに投げられて俺が泣いてたときのこと覚えてるかな。


 その時、砂場で一人で遊んでたマミがパス回しの間に割って入ってきて『いじめっ子は良くない! やめろー!』って言いながら、落ちてる石とか木の枝とか拾ってあいつらに投げまくって、追い払ってくれたよな。あの時初めて同年代の子に助けてもらって、めちゃくちゃ嬉しかったんだ。大げさだけど、マミのことが天使に見えちゃったんだよね、マジで。


 そしたら泣いてる俺に大丈夫かって心配して声かけてくれてさ、泣くの堪えた時に『アタシ、マミ! 一緒に遊ぼー! かけっこしよ!』って言って、急にかけっこし始めたの覚えてる? 急すぎるし、マミも脚早すぎて全然追いつけないし、もう何してるんだか訳わかんなかったけど、マミのこと追いかけてるのがすっげー楽しくてさ。


 次の日もマミいるかな? って思って公園に行ったら案の定いて、また一緒にかけっこしてさ。そのときいつか追いつきたいって、俺も脚が早くなりたいって思ったんだ。幼稚園のころは公園にいくといつもマミがいて、天使と遊べてすげー楽しかったなあ。」



 もちろんマミも全て覚えていた。マミは幼稚園生のとき、親の仕事の都合で前に住んでいた場所から引っ越すこととなり、知り合いも友達もおらず一人で公園で遊ぶことが多かった。そんなときに助けたカケルは引っ越してきて初めての友達だった。


 そして、友達、つまりカケルと遊ぶことがマミにとってとてつもなく楽しく、いつしか楽しいという感情が、好きという感情に変化していった。それがマミの初恋で、その相手がカケルだったのだ。


(まさかそんなやんちゃな子が天使って……)


 マミはカケルの大げさな表現に恥ずかしくなった。


 カケルは笑いながら語り続ける。


「俺ら小学校は違ったし頻度も減ってたけどさ、たまに公園で会うとだいたい違う友達と一緒にいて、みんなで一緒になってドロケイとか缶蹴りとかしたよな。いつも遊びの提案してくれるのはマミで、俺らはそれについていく感じでさ。大人数で遊んでたけど、マミと一緒にいられる時が一番楽しかったんだ。」



 マミは小学生になると次第に友達も増えていった。特に小学一年生ころからよく遊んでいた親友のルカは、最新のおもちゃを持ってきては披露してくれる子で、マミにとって羨ましい限りの子であった。


 ルカは、パチンコ屋を経営する父と代々地主の家系である母の間に生まれた子供で、お金持ちでキラキラした生活を送る家庭の子だった。

 自分の好きなものは何でも買ってもらえて、おもちゃだろうが洋服だろうがメイク道具だろうが、なんでも買い与えられては友達に自慢していた。


 ルカは見た目も可愛いと評判だった。気持ち高めにくくったツインテールが特徴的。小ぶりな身長でくりっとした目と、常に見えるエクボや笑った時にちらつく八重歯も相まった小動物感があり、男子からも常に注目の的だった。


 ルカは、どんな自分の自慢話も真面目に聞いてくれるマミと一緒に過ごすのが心地よく、いつからか毎日一緒に遊ぶようになっていった。


 そしていつもルカがお披露目している様子を一緒になって見ていたのが、大学祭や海外旅行をともにしたユキである。



 マミは放課後、自分からルカやユキを誘っては公園で遊ぶようになった。


 というのも、カケルとは別の小学校に通うこととなったため、公園ならまたカケルに会えるかもしれないと思ったからだ。


 そしてカケルを公園で見かけると、彼女たちを引き連れて進んで合流し、一緒に遊ぶようになったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る