第22話 合宿5
由美さんに集められた朝の集会は、保留という形で終了した。
解散したあと俺達は朝食を食べ、そこからは自由時間という事で別々に行動することになった。
解散する前に由美さんから一言だけ言われた事がある。
それは今日の夜に近くで花火大会が開かれるので、それには皆で参加するという事。
それまでは観光するもよし、部屋に引きこもっているのもよし。
ただ今日の集会で保留になった部員間でのお悩み解決について、やるかやらないかの答えは花火大会の後に聞くらしい。
俺と傑はやると決めているので後は遥と雫の二人次第だが、朝の集会では二人は最後まで決めかねていた。
雫は俺が原因で決めかねていたかもしれないが、遥については由美さんに賛同すると思っていた。
遥が賛同すると思った明確な理由は特にないが、俺は直感でそう感じていた。
だから遥がなぜ賛同しないのかは俺の中で気がかりだった。
気がかりではあるがもしかしたら深い理由はなく、ただ単に恥ずかしいとかいう理由かもしれない。
まあどういった理由にせよ、解散してから遥は一人でどこかに行ってしまったので、その理由を聞くことはもう出来ない。
だからこれ以上、俺から遥に詮索することは無いだろう。
それより問題なのは雫の件だが、集会解散後に俺から何度か声をかけようとしたが、声をかける前に雫が逃げてしまい結局は話せずじまいだ。
本人が俺を避けている以上、俺から雫に声をかけることは不可能になった。
なので俺は雫と話すことを一旦諦め、今は由美さんと傑と一緒に近くの観光街に遊びに来ている。
「次はお蕎麦食べましょ」
「まだ食べるんですか」
「お昼ご飯は別腹よ」
由美さんに誘われてやって来た観光街だが、雫に謝れないまま遊びに行くことになるので最初は乗り気ではなかった。
しかし風情ある街並みは歩いているうちに自然と気分が晴れ、今はここでの食べ歩きを楽しんでいる。
散策する途中ソフトクリーム、ホットドッグ、かき氷などの食べ物を買って食べたり、アンティークなカフェでコーヒーを飲みながらくつろいだりもしたが、由美さんは満足することなく次にお蕎麦屋さんに行きたいようだ。
俺と傑は食べ歩きしていた分正直お腹は溜まっており、お蕎麦に関してはそんなに乗り気ではなかった。
しかし由美さんの提案を断ることが出来ず、俺達は結局お蕎麦屋さんに行くことにした。
「二人は何頼むの?」
「俺はとろろ蕎麦で」
「じゃあ俺はおろしそばで」
店に入る前は食欲がなく食べなくていいとすら思っていたが、店内でメニューを開くと不思議なもので自然と食欲が沸いてきた。
傑がおろしそばを頼むって事はどうやら傑も俺と同じで、食欲がわいて来たらしい。
「由美さんは何頼むんですか?」
「せいろそばと天ぷらの盛り合わせにしようかな」
「そんなに食べられるんですか?」
食べ歩きの後に食べられる量ではないと思うが大丈夫なのか。
まあ本人が食べる気満々だからいっか。
「今から食べるのが楽しみよ」
「ありがとうございました!」
お会計をすまし店員の元気なあいさつでお見送りされ、俺達はお蕎麦屋さんを後にした。
俺が注文したとろろ蕎麦は、蕎麦に絡みついたとろろが箸を進め、あっという間に俺の腹の中に入ってしまった。
それほどにこのお店のとろろ蕎麦は満足する美味しさだった。
お蕎麦に関しては俺と傑は満足しているが、由美さんはお腹を摩りながら苦しそうにしていた。
それはもう店員の挨拶とは対照的なほどだった。
まあ俺と傑は由美さんとの付き合いが長い分、薄々こうなる事は予想していたが。
「大丈夫ですか?」
「もう食べられないわ」
もう食べられないという事は、もしかしたら由美さんは蕎麦を食べた後も食べ歩きを続けるつもりだったのかもしれない。
もしそうだとしたら、もう少し自分の食べられる量の範囲を把握してもらいたいが。
「もう食べれないから、お土産を見に行かない?」
俺もお土産は買って帰りたいと思っていたので丁度いい。
「どこ見に行きますか?」
「さっき歩いている途中に見つけたジャムのお店行きしょ」
ジャムには興味あるが歩いている途中にジャムのお店なんてあったか?
そんな疑問を感じたが俺が見逃しているだけかもしれないので、素直に見に行くことにする。
「どこにお店あったんですか?」
「こっちよ」
「そっちですか?」
由美さんが指さした方角は俺達が歩いてきた方とは反対側だった。
これではさっき見たというのはおかしいのではないだろうか?
「由美さんもしかして今日の目的って、そのジャムを買いに来たとかですか?」
もしかしたらと思い聞いて見ると、由美さんは図星を突かれたみたいにギクッと反応する。
どうやら由美さんが今日ここに訪れた理由は、食べ歩きとそのジャムを買うためだったらしい。
もしそうだったとしたら最初からそう言えばよかったのに。
俺は初め由美さんに誘われたとき、気を使って誘ってくれたのだと思っていた。
昨日遥と話したときに俺と雫の様子がおかしい事は、遥には見破られておりそのことについて色々聞かれた。
だから、てっきり由美さんも俺と雫の様子がおかしい事を察して、俺を観光街に誘ったのだと思っていた。
しかし、その考えは間違っていたようだ。
まあ今日ここに誘ってもらえてよかったとは思っているが。
どちらにせよ俺も傑もジャムのお土産に関しては反対はしなかったので、そのままそのお店に向かうことになった。
店に着き店内を見て見ると、中には色々な種類のジャムが置いてあり、ジャムを置いているだけなのに店内はとてもカラフルだった。
俺達は数多くある中から、お土産用に何個か手に取り買った。
由美さんに関しては、お土産ではなく自分様に見えるが。
目的を果たした由美さんは満足したのか、今日はもう帰ろうと持ち掛けてきた。
俺と傑も十分に観光を満喫したので由美さんに賛成し、別荘に戻ることになった。
「そうだ伊吹君」
「なんですか?」
「さっき買い忘れたジャムが一つあって今からメモ渡すから買ってきてくれない?」
別荘に戻る途中、由美さんは思い出したようにそんなことを言い出した。
お店は今いる場所からだいぶ離れており、今から戻って買いに行くとなると10分以上かかると思われる。
わざわざ傑一人を行かせる意味もないと思うが。
「私はジャムをいっぱい持ってるから、今から戻るのは大変だからお願いね」
「まあ俺は別に構わないっすよ」
傑はそう言うと来た道を戻り、由美さんの求めているジャムを買いに向かった。
由美さんの言っていた理由は俺にはこじつけの様に聞こえたが、傑はすんなりと受け入れたみたいだ。
「私達はあのお店で休みましょう」
由美さんが指さしたのはひとけの無さそうな喫茶店だった。
「いいんですか?」
「何が?」
「俺達だけ休んじゃって」
傑を置いて俺と由美さんだけが休むのは正直気が引けた。
しかし由美さんは特に気にする様子もなく、笑顔を俺に向けると何も言わずに喫茶店に向かった。
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