第21話 合宿4
合宿二日目の朝。
早朝から俺達は由美さんに起こされ、食事場として利用されているリビングに集まっていた。
リビングには部員皆が座れるだけの大きな長机と人数分の椅子が用意されており、俺達はそこの椅子に座り向かい合っていた。
由美さんはいわゆるお誕生日席に当たる場所に座っており、部員の視線は全て由美さんに向いている。
早朝という事もあってか雰囲気は少し重く、皆元気が無さそうに感じ取れる。
それは俺も例外ではない。
たぶんこの雰囲気の重さは、昨日の出来事も関係していると思うが、皆そのことには触れずにいる。
そんな中で由美さんはゴホンっと、一度わざとらしく咳ばらいをし話し始めた。
「今日から本格的に部活の合宿をしていくわよ」
この合宿は二日目に突入していたが、初日は特に合宿らしいことは何もしておらず、正直俺はこのまま遊ぶだけの旅行になると思っていた。
しかし由美さんの考えはどうやら違っていたらしい。
それに対して疑問を持った傑が由美さんに質問を投げかける。
「この部活で合宿って何するんすか?」
その疑問は俺も考えていたことで、どうやらここに居る由美さん以外の部員達全員が持っているらしい。
それは、俺以外の部員の顔を見れば一目瞭然だった。
そんな傑の質問を想定していたように、由美さんはこれから行う合宿の内容を俺達に説明する。
「普通合宿って言ったら、吹奏楽だったら演奏の練習、運動系の部活だったらトレーニングをしたりすると思うの。でもこの部活は練習する事が無い」
俺達の部活は皆のお悩みを解決するためのもの。
だから俺達は他の部活とは違い練習する事がない。
なのに由美さんはこの部活動で合宿を開いた。
つまり、そこには何かしらの意図があるはずだ。
「皆お悩み解決する時、困ったりすることは無い?」
由美さんはその意図を説明する前に、俺達にそんな質問を問いかけた。
「たしかに、時々困ったりすることはあるかも」
心当たりがあるかのように遥が答える。
そんな遥の回答に対し由美さんはうんうんと頷き、遥に続けて問いかける。
「遥ちゃんはどうして困ったの?」
問いかけられた遥は、過去の経験を振り返り理由を探る。
しばらく考えた後、遥はある結論を出す。
「理由は色々ありますけど、私の経験値不足で困る事がよくあると思います」
経験値不足という単語を聞いて、俺も思い返してみる。
確かに俺が困る時も大抵、自分が良く分からない事を質問されたり、どうすれば解決出来るのか分からないお悩みがほとんどだった。
もしかしたら由美さんは、そういった事を解決するために今回の合宿を開いたのか?
遥の解答に対して、由実さんは合宿の本題について話し始める。
「遥ちゃんの言う通り、経験値不足はこの部活動では大きな障害になるの。だからこそ、この合宿では皆に経験値稼ぎをしてもらいたいの」
どうやら単なる旅行ではなく、俺達の能力を上げるためにこの合宿は開かれたらしい。
「どうやってその経験値稼ぎをするんですか?」
合宿が行われた理由は分かったが、肝心の方法までは分かっていない。
その方法について由実さんは続けて説明する。
「皆にはこの合宿で、ここに居るメンバーのお悩みを解決してもらって少しでも経験値を上げてもらうわ」
どうやら方法自体は単純なようだ。
今までの説明で合宿の内容も方法も分かったが、一つだけ分からないことがある。
俺はその事について由美さんに聞いてみる。
「経験値を上げるだけなら、わざわざ合宿しなくてもよかったのでは?」
わざわざ遠出をしてまで、合宿をやった理由はやはり分からなかった。
そんな俺の疑問に対して由美さんは間髪入れずに答える。
「皆で遊びに行きたかったからよ」
散々合宿の目的について聞かされたが、どうやらこっちが本当の目的のようだ。
まあ、由美さんらしいと言えば由美さんらしいが。
これで全部説明が終わったかと思ったが、由美さんはもう一点だけ説明を付け足した。
「それと今回解決してもらうお悩みなんだけど、自分の中で一番難しいと思うものを出して欲しいの」
「一番難しいもの?」
俺達の頭上にはてなマークが浮かぶ。
由美さんはそんな俺達を見て補足する。
「お悩みって軽いものから重いものまで色々あると思うの。でも今回は、その中で自分が思う一番重いお悩みを出して欲しいの」
この合宿の目的を考えると、難しいお題を提示された方がいいとは思う。
しかし自分の中で一番大きな悩みをさらけ出すのは、それ自体が勇気の居ることだ。
それは俺に限った話ではない。
皆の表情には不安の影が差していた。
「一番重い悩みを打ち明けるのは、勇気の居ることだと思う。でも、それは部室に来てくれた生徒達にも言えること。だからね、自分達が悩みをさらけ出すことによって、相談に来てくれた生徒の気持ちをもっと理解できると思うの」
由美さんの説明を聞き、言いたいことは分かった。
しかし理解したと言ってもさらけ出すことには、ためらいは生じる。
そしてためらいは沈黙を生んだ。
「・・・俺やります」
沈黙を打ち破ったのは傑だった。
俺には傑の悩みは分からないが、その表情から強い覚悟を感じた。
それを見て俺も決心する。
「俺もやります」
たぶん俺が決心できたのは遥のおかげでもある。
昨日の夜、遥に悩みを相談したことによって、俺の中で覚悟が生まれた。
遥に相談しなかったら、俺も打ち明けるかどうか迷っていたと思う。
後は遥と雫だが、二人はなかなか首を縦に振ろうとしなかった。
雫は肝試しの一件があったから分かってはいたが、遥までためらうとは思わなかった。
そんな二人の様子を見て、由美さんはある提案を持ち出す。
「二人はまだ悩んでいるみたいだから、一日だけ悩む時間を用意するね。二人には今日中にやるかどうかを決めて欲しい」
結局この話は一旦保留となり、今日は皆自由時間という事で解散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます