第19話 合宿2

合宿1日目の夜。


俺達は肝試しをするために、真夜中の森に訪れていた。


由美さんに案内された肝試しの会場はひとけのなさそうな真夜中の森で、周りにほとんど明かりは無く肝試しには絶好のスポットだった。


由美さんの話では、数日前に会場視察に来た時に見つけたらしくて、安全は確かめてあるという。


「そしたら、一人ずつこの箱の中から紙を一つ取って」


俺達は由美さんがあらかじめ用意していた箱の中から、一つずつ紙を引いていく。


俺が引いた紙には2と書かれていた。


「箱の中には1と2って書かれた紙が入ってるんだけど、それはペアと順番を決めるものよ。同じ番号の人とペアになってもらい、私が決めたルートを回ってもらいます」


つまり俺が引いた2は二番目に出発するという事で、もう一人の2と書かれた紙を持っている人が俺のペアになるのか。


「俺は1って書かれた紙を持ってるけど、誰が俺のペアなんだ?」


「私も1だ」


「じゃあ俺のペアは水森か」


どうやら傑のペアは遥だったらしい。


あの二人がペアになったという事は、俺のペアは雫か。


「どうやら俺達がペアになったみたいだな」


「よろしくね海斗君」


「こちらこそよろしく」


俺と雫は互いに挨拶を交わす。


これから真夜中の森で肝試しが行われるにもかかわらず、雫は特に怖がっている様子もなく、見た感じ平気そうだった。


「雫はすごいな。俺ですらこの暗い森を少し怖いと思っているのに、平気そうにしているなんて」


「そんなことないよ、私も海斗君と同じで少し怖いと思ってる。だけどね、それ以上に海斗君とペアになれたのが嬉しいんだ」


雫は優しく微笑む。


「そっか・・・・」


夜空の光に照らされた雫の笑顔は、見ているだけでなぜか安心感が生まれた。


「そしたら、肝試し始めるわよ。皆にはこのルートに沿って回ってもらって、一周する形でここに戻って来てね」


由美さんからルートの書かれた紙を渡される。


「この暗闇の中だと、迷子になりませんか?」


ルートの書かれた紙を見た遥が由実さんに質問する。


「大丈夫、通るルートには方向を示す看板と道しるべの明かりがついているから、おそらく迷子になることはないわ」


どうやら、準備はちゃんとしているみたいだ。


「そしたら、最初のペアからスタートして。次のペアは前のペアの5分後にスタートね」


「行くか水森」


「うん・・・」


二人が出発する直前のほんの一瞬、遥と目が合った。


しかし目が合ったのはほんの一瞬で、すぐに遥の視線は俺から外れ、そして二人は先に出発した。


一瞬目があった時、遥は少し不安そうな顔をしていたが、大丈夫だろうか?


まあ、傑がペアなら大丈夫か。


二人が出発してから数分が経つ。


「そしたら、二人も出発して」


二人が出発してから5分が経ち、由美さんが合図を出す。


俺と雫は合図に従い出発する。






「懐中電灯があっても夜の森は暗いな」


支給された懐中電灯を使って、足元を照らしながらコースを進んでいたが、正直明かりがあっても夜の森は怖かった。


風が吹き木々の葉っぱが揺れて、カサカサという音を立てる。


その音はとても不気味で、俺の心臓の鼓動は恐怖心によって早くなった。


「大丈夫だよ」


雫がそんな俺の様子を見て、そっと手を繋いでくれる。


彼女の手は俺よりも小さく少し冷たく感じたが、その手の感触や温度が安心感をくれた。


「ありがとうな雫。なんか、手を繋いでると安心できるな」


「私もこうしている方が安心できる」


互いに顔を合わせて笑う。


先まで恐怖でドキドキしていたのが嘘のようだった。


それからは、由美さんの指定したルートに沿って進んでいった。


看板とルートを照らす明かりがあるおかげで、進む方向は分かりやすかった。


最初に感じていた恐怖心は中継地点まで進むと消えており、むしろ夜の森を楽しむほどの余裕まで出てきた。


「雫は今回の合宿どう思う?」


「合宿って言うよりも、友達で旅行してる感じがするかも」


「そうだよな。俺も最初聞いたときこの部活の合宿って何するんだろうと思ってたけど、普通に遊びに来ただけだったな」


笑い交じりに俺は雫と会話をする。


それだけの余裕が、今の俺達にはあった。


「海斗君は夏休み忙しい?」


「いやむしろ暇だな」


「そうなんだ」


「雫は?」


「私もあんまり予定はないけど、・・・・お姉ちゃんと海に行くよ」


「お姉ちゃんと仲いいんだな」


「お姉ちゃんがよく私を遊びに誘ってくれるの。でも、今回海に誘ったのは私。お姉ちゃん少しびっくりしてた」


クスクスと笑う雫。


雫の声音から本当に姉が好きなのだと伝わってきた。


「あと、司ちゃんともお買い物に行くよ」


「竹島さんと?」


「うん」


竹島 司たけしま つかささんは雫が1年の頃にできた友達で、2年に上がってからも雫とは仲良くしているそうだ。


俺も竹島さんとは面識があり、俺が彼女に抱いた第一印象はとてもクールな女の子であった。


しかし雫の話では、竹島さんは家で白い猫を飼っており、猫の前では人が変わったようにデレデレしてしまうという可愛い一面も持っているそうだ。


竹島さんとも遊ぶ約束しているなら、十分予定があると思うが。


「俺と一緒であんまり予定が無いって言ってたけど、結構予定あるじゃん。全然俺と違うじゃん」


「そうかも」


俺は分かりやすくため息をつくと、雫はそれを見てまたクスクスと笑った。


そんなやり取りをしながら夜の森を歩いていたが、ふいに俺は繋いでいた雫の手を意識する。


俺の中に恐怖心はもうないはずなのに、なぜか心臓がバクバクし始める。


「なあ雫、そろそろ手を離さないか・・・・」


「そ、そうだね・・・・うわっ」


雫はずっと手を繋いでいたことに気が付き、急いで手を離そうとしたが手に意識がいったせいで足元が疎かになり、木の根につまずき体勢を崩す。


俺の手を握っていた雫は、俺に引っ張られる形で倒れたので、仰向けの状態になっていた。


そして俺はそんな雫に引っ張られ、見つめあった状態で雫の上に追い被さった。


「大丈夫か雫?」


「うん・・・・」


追い被さった状態で見つめあっていたので、雫の顔がとても近くに感じる。


その距離は、雫の吐息すら感じられた。


倒れた際に雫のシャツは少しめくれてしまい、お腹辺りが少し露出している。


それが余計に、俺を変な気持ちにしてしまう。


バクバク動いていた俺の心臓は、更に鼓動を早くする。


バクバクバクバクバクバクバクバクバクバク。


心臓が言うことを聞かなかった。


「海斗君?」


「・・・・・・・・」


雫から目を離すことが出来ない。


俺の意識は全て雫に向いていたからだ。


1秒にも満たない時間がゆっくりと流れる。


そして俺は、瞬きをするように目をつぶった。


「っ・・・・・・・・」


雫は驚いていると思う。


俺が思うと言ったのは、雫の顔を見ていないからだ。


でも驚いたことは顔を観ずとも分かった。


なぜならば、


雫の唇に俺の唇を重ねたからだ。


俺にとってそれは、初めてのキスだった。


初めてのキスの感覚はとても柔らかくて、心臓は張り裂けそうなほどバクバク鳴っていた。


波打つ鼓動が速度を上げたまま、俺はキスを止めて唇を離す。


唇を離し雫の顔を見て見ると、彼女は涙を流していた。


そこで俺は我に返る。


「ご、ごめん・・・・・」


俺は急いで体を起こし、立ち上がる。


追い被さっていた俺が居なくなったため、雫も起き上がれるようになり立ち上がった。


立ち上がった雫は一言も話さずに落とした懐中電灯を拾い、一人で目的手に向かって行った。


俺は雫の顔を見ることが出来ず、そんな彼女の後ろをついて行く。


そこから皆の所までは、5分もかからずに着いた。


結局その間、俺は雫に一度も話しかけることが出来なかった。








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