第9話 病室
病院の一室。
白い空間の中にベットがポツリと置かれており、その上には昏睡状態の少年の姿があった。
ベットの近くには椅子が置かれており、少女が見守るように座っている。
暖かい春の風が病室の窓から吹き込む。
あれから一週間が経った。
あの日から海斗は目覚めない。
幸い一命を取り留めた海斗だったが事故以来、目を覚ますことはなく私は毎日ここに通っていた。
ガラガラと扉が開く。
現れたのは神風さんだった。
神風さんは開けた扉をゆっくりと閉めこちらの方に近づく。
「様子はどうですか」
「・・・・いつも通りかな」
神風さんは立てかけてあった折り畳み式の椅子を、私の隣に広げそこにそっと座る。
無言のまま海斗を見つめる神風さん。
正直居心地が悪かった。
「あれは水森さんのせいじゃないと思います」
神風さんはスカートをギュッと握っていた。
「・・・・・」
あの日のことがフラッシュバックする。
あの時、海斗はクルマから私を庇い轢かれた。
あれは間違いなく私のせいだ。
だからこそ神風さんには何も言えなかった。
そして、謝りたかった。
いま目の前に居る海斗に。
それからは無言の時間が続いた。
お互い一点を見つめたまま動かなかった。
呼んだら起きてくれるのではないかと思うほど海斗の寝顔は穏やかで、だからこそ起きてくれない今の現状がもどかしい。
室内は依然静まり返ったまま。
隣にいる神風さんに話しかけるべきか迷う。
このまま、暗い雰囲気のままだと海斗も困るかも。
そんな思考が私の脳内をよぎった。
でも、なんて声をかければいいんだろ。
色々考えては声に出そうとして、そのたびに喉のあたりで言葉がつっかえる。
「水森さんって彼氏いたんですね」
私がそうこう考えているうちに、神風さんの方から話しかけてきた。
でも、その話題は少し答えずらかった。
一年生の終わり頃、私に初めて彼氏ができた。
土壌 優紀くん、とても真面目で性格もよく周りからは羨ましいと言われた。
彼との出会いは一年生の新学期の初日。
クラスメイトだった土壌くんは私に告白して来たのだ。
返事はノーと返した。
なぜなら、私には好きな人がいたから。
私の思い人は昔から仲が良かった幼馴染の男の子で、その子とはいつも一緒に遊んでいた。
本当にいつも一緒だった。
初めは兄弟の様な関係だと思っていた。
でも、いつも一緒に居るうちに私はいつしかその子に恋していた。
ずっとそばに居たい、もっとお喋りしたい、そして私を好きになってもらいたい。
そんな感情が生まれたのだ。
でも、兄弟のようにいつも一緒に居るうちに気づいた。
この関係が変わることが無いことを。
彼の中で私は幼馴染で兄弟のような存在だった。
それを変えたかった。
だからその日から私は彼にアピールした。
幼馴染である前に女の子であり、君のことが好きだという事を。
おしゃれに気を使ったり、彼の前では女子っぽい仕草をしたり色々試してみた。
「もし私が海斗の事を好きだったら、どうする?」ちょっと恥ずかしかったけど、自分の本心も伝えてみた。
「最近告白されたんだけど、どう思う?」意地悪な質問もしてみた。
でも結局、彼との関係は変わることが無かった。
海斗は私の事を幼馴染としか考えていないかも。
そんな考えが私の中で積もっていった。
そして、一年の終わりごろ私はまた告白された。
相手は土壌くんで、その告白は三回目だった。
「ごめんなさい」初めはそう伝えようとしていた。
「水森さん、僕と付き合ってください」
「ごめ・・・・」
私が「ごめんなさい」と言いかけた所で彼はこう続けた。
「君を笑顔にするから」
「笑顔に・・・・・・」
「最近の水森さんなんか辛そうだったから」
心なしか少しだけ体が軽くなった気がした。
「わたし辛そうにしてた?」
「僕の目にはそう映ってた」
彼はちゃんと私を見ていてくれてた。
その日初めて彼の眼をちゃんと見た気がする。
純粋で真っ直ぐな瞳。
「本当に好きなの?」
「うん」
「・・・・・」
私の心はもう限界だった。
叶わない恋を追いかけることに私は疲れ、その恋を諦めた。
そして、私はコクリと頷いた。
神風さんの瞳を見つめ気づく。
彼女も海斗が好きなんだと。
「いるよ」
「そうなんですね・・・・」
神風さんはそれ以上何も聞いてこなかった。
その答えだけで十分だと私は知っていた。
「う、う・・・・・・」
「油崎くん」
ベットの方を見てみると、そこには目を開けた海斗の姿があった。
海斗は意識を取り戻したのだ。
「・・・・・・・かみかぜ」
「本当に本当によかった」
神風さんは涙目になりながらも、海斗の手を取って名一杯の笑顔を向ける。
私の頬からも涙が流れ落ちる。
本当に良かった。
ここ数日間、本当に目を覚ますのか不安だった。
毎日、海斗が目を覚ましているのではないかと考えこの病室を訪れた。
そのたびに期待は裏切られた。
でも今日、こうして海斗は目を覚ました。
それだけでもう嬉しすぎて涙が溢れてきた。
海斗が目を覚ましたら絶対に伝えようと決めていたことがある。
「海斗、あの日私のせいでこんな事になっちゃってごめんなさい。それと、助けてくれてありがとう」
やっと本人に伝えられた。
「なんのこと?」
「覚えてないの?あの日、私が車にひかれそうになったところを海斗が助けてくれたんだよ」
「ごめん、覚えてないや」
海斗はあの日の事を覚えていなかった。
そして、
「ところで君は誰?」
海斗の中の私という存在は消えていた。
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