第6話 歓迎会の後
海斗と神風が帰った後、俺は由美さんの片付けを手伝っていた。
部屋の至る所に装飾がされてあり、それを丁寧に一個ずつ由美さんと分担して取っていく。
「にしても由美さん一人でよくこの量の飾り付け出来ましたね。結構大変だったんじゃないですか?」
見た感じ装飾品は手作りのものばかりで、それが大量に飾られてる。
この量を一人で一から用意して飾りつけをしていくとなると、相当時間がかかったのだろう。
装飾品を作って飾りつけするほうが、片付けより労力が必要なはずだから。
「準備してた時は結構楽しかったわよ」
「楽しかった?」
もし俺がこの量を一人でやらなければならなかったら、楽しいという感想は出なかったであろう。
「雫ちゃんを含め、皆が楽しんでくれる姿を想像したらやる気も出るってものよ」
由美さんのその笑顔に嘘偽りはないのだろう。
俺は由美さんと出会ってから一年ぐらい経とうとしている。
初めて会った時からこの人の魅力には気づいていたけど、長く一緒に過ごすほど俺の中で由美さんという存在は益々大きくなっていた。
最初はこの人の様になりたいという憧れの気持ちを持っていた。
でも、一緒に過ごすうちに俺の中では別の感情が芽生えていた。
この人についてもっと知りたい、この人のそばにずっと居たい、もっと俺のことを見て欲しい。
俺の由美さんへの憧れの感情はいつしか好きという感情に変わっていた。
「お疲れ様。お手伝いありがとうね」
由実さんはキッチンに向かい、コップにお茶を入れ俺に渡してくれる。
俺はそれを受け取り一口飲む。
その一口でコップに入っていたお茶は全て無くなった。
冷えたお茶は俺の喉を潤し、一気に流れ込んできたのだ。
「お代わりいる?」
「すみません、お願いします」
由実さんは空になったコップにお茶をもう一度注いでくれる。
「ありがとうございます」
今度は受け取ったお茶を少しだけ飲み、お茶の残ったコップを机に置く。
「すっごく楽しかったね」
「そうっすね、でも次やるときは先に言ってくださいよ。そしたら手伝うんで」
「ありがと、次は何しようか?」
「由美さんの誕生日ってもうすぐでしたよね?」
「そういえば」
「覚えていなかったんですか?」
「覚えてるわよ。ただ誕生日は一人で過ごしていたから」
「一人?」
俺の知る由美さんは誰にだも人当たりがよく、皆に好かれている。
だから、一人で居るイメージがあまり沸かない。
それに、誕生日なら家族が祝ってくれるものじゃないのか?
「うちって今お父さんしかいないの、しかも忙しいから帰りが遅いの」
「そうだったんですね」
由実さんがいま、お父さんと二人暮らしだったことは初耳だった。
「でも友達と一緒に誕生日を過ごせば?」
「傑くんと会う前はそんなに友達いなかったんだよ」
「え?そうなんですか」
それも初耳だった。
「前の学校から去年転校して来たことは話したよね?」
「はい」
「前の学校でね色々あって、あまり人と関わらないようにしてたのよ」
「・・・そうだったんっすね」
由実さんは少し濁しているが、何があったのかを俺は知りたかった。
でも、今はそれを聞いてはいけないと直感が感じた。
「そういう時期が私にもあったから、雫ちゃんの事ほっておけないのよね」
「だから、神風を部活に誘ったんですね」
「そうねそれもあったけど、一番は彼女が望んでたからかな」
「望んでいた?恩返しってやつですか?」
「そう。それを応援したかったんだ」
「応援ですか」
由実さんは神風と過去の自分を重ねて見ていたのか。
俺はまだ深く神風と関わっていないので、あまり神風という人物についてはよくわからない。
でも、由美さんには神風の気持ちがわかるのかもしれない。
「あの子はあの子なりに頑張っているのよ」
「そうかもしれないっすね」
それから由美さんの家でくつろぎ、時間は過ぎていった。
「そろそろ帰ります」
「家まで送っていこうか?」
「その後は由美さんが一人で帰ることになりますよ」
「たしかに」
「俺は由美さんが一人で帰る方が心配です」
「私の方がお姉さんだから大丈夫よ」
「先輩かもしれないですけど、由美さんだって立派な女の子なんですよ」
「・・・・・・」
「どうしたんですか?」
そこで由美さんは沈黙する。
「・・・なんだか不思議な感じがしたの」
「不思議な感じ?」
「今まで女の子として扱われることが無かったから。だから新鮮だったのよ」
「由美さんはちゃんと女の子じゃないですか?」
「そうなんだけどね、だいたいの人は私の事を慕ってくれたり仲のいい友人として見てくれてたから、女の子として扱ってくれたの傑くんが初めてかも」
確かに由美さんは周りから慕われているし、仲のいい友人も沢山いる。
俺も以前までは由美さんをそういう風に見ていた。
でも、今の俺は前とは違う。
もっと彼女について知りたい、だから一つだけ気になっていた質問を彼女に問いかけた。
「由美さんはどうやって今の由美さんに変わったんですか?」
転校する前の由美さんが今の由美さんに変わったきっかけが知りたかった。
俺は今の由美さんしか知らないから。
「それって転校前の私から今の私ってことかな?」
「そうです。良かったら聞かせてもらえないですか?」
由実さんは自身のコップを持ち一口お茶を飲んでから、どこか懐かしむように語りだす。
「ある人が私を助けてくれたの」
「ある人?」
「うん、その人は私より二つ上の学年でね、前の学校の先輩だったの」
「そうだったんですね」
「その人お人好しでさ、ツンツンしてた私に優しく声をかけてくれて。それがその時の私には嬉しかったの」
「その人は今どこに居るんですか?」
「実はわからないの。でもいつかまた会えたら、ちゃんとありがとうって伝えたいな」
「もしかしてですけど、由美さんが部活始めたのって」
「そう。その人みたいに人助けをしたかったから始めたの」
「その人に憧れていたんですか?」
「憧れ・・・多分違うと思う」
一年由美さんと一緒に過ごしてきたが、その表情は見たことが無かった。
だからこそ、薄々理解してしまった。
その感情が何なのかを。
「俺、帰りますね」
「ごめんね、つまらない話しちゃって」
「そんなことないっすよ。由美さんの事しれて俺嬉しかったです」
「それならよかった」
由実さんは俺を玄関先まで送ってくれ、俺は靴に履き替える。
「それじゃあまた明日」
「じゃあね。気お付けて帰ってね」
「はい」
俺は扉を開け家へと帰った。
今日は由実さんについて沢山知ることが出来、とっても嬉しかった。
でも、同時にモヤモヤした感情も俺の中に生まれた。
本当は好きだという事を由美さんの誕生日に伝えようと思っていた。
でも今日、気持ちを伝えるのが怖くなった。
今のこの気持ちが本当に由美さんに届くのだろうか。
もし届かなかったら・・・
そんな不安を抱えながらその日は過ぎ去っていった。
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