第2話少女とシナモンロール

扉を開けると、外は肌寒く吐息が白く漏れる。

スカートから覗かせた太ももは時々吹く風に敏感に反応し、その感覚が体中をめぐる。

首元はチェック柄のマフラーを纏い外気から守られているが、太もも辺りはどうしても無防備になる。

毎朝この寒さの中、学校に通ってはいるがこの寒さには慣れる気がしない。

いつもこの寒さの中登校するのが憂鬱だった。

しかし、今日は少し違う。

いつもの憂鬱な朝とは違い、ドキドキした気持ちが私の中にはあった。

今日は私にとって特別な日。

手に持っていた手提げ袋をギュッと握りしめる。

その中には今朝早起きして作った、シナモンロールが入っていた。

いつもより早起きだった為少し眠い。

何度もあくびが出てきてしまい、そのたびに瞼を擦る。

眠気とドキドキを胸に私は学校に向かった。

その日の授業は頭に入ってこなかった。

ほとんどの時間、うたた寝してしまったからである。

時刻はあっという間に過ぎ、太陽も少し落ち始めていた。

机にかけていた手提げ袋を持ち、私は目的地に向かう。

私の目的地は学校の図書室だった。

扉を開け教室に入り周りを見渡す、そして目的の男子生徒を見つける。


彼は3年の先輩で私より一つ上の学年だ。

私が初めて彼を知ったのは今年の秋ごろ。

それは夏の蒸し暑さが過ぎ去り木々に付いていた青葉は剥がれ落ち、落ち葉が道を埋め尽くしていた頃。

私はその日お気に入りのひよこのキーホルダーを失くしてしまい、そのキーホルダーを必死に探していた。

そのひよこのキーホルダは中学の頃に親友からもらったもので、その子とは色違いのお揃いとしてカバンに着けていた。

お互い進学し違う高校に通ってからは疎遠になってしまったが、今でもそのキーホルダーは私の大切な宝物だった。

だから、カバンに着けていたはずのキーホルダーが見当たらなかった時、心臓が止まるかと思った。

失くしたことを知ってからは、学校中を探し回った。

何時間も探したが、結局その日は見つけることが出来なかった。

その日の帰り道、もしかしたら登校時に落としたかもしれないと思い、いつも通るルートも必死に探してみた。

でも結局ひよこのキーホルダーはどこにも見当たらなかった。

翌朝私は早めに家を出た。

もちろんキーホルダーを探すためにだ。

学校には部活の朝練に来ていた生徒の姿があり、昨日探すことが出来なかったグラウンドには入れなかった。

他に探していなかった場所としてあったのは校舎裏だった。

しかし普段校舎裏に行くことはなく、昨日も近づいた記憶はない。

でも、もしかしたらと思い一応探してみることにした。

校舎裏に向かった私はそこで見慣れたひよこのキーホルダーを持った生徒にあった。

「それ私の」

まさかあるとは思わなかった場所に探していたものがあったので、私は大はしゃぎでその男子生徒に近づいた。

「これお前のか?」

その人は振り向くやいなや、私に威圧的な態度と鋭い視線を送ってきた。

「・・・そうです」

その威圧に押され、少し体がすくむ。

「汚ったねーキーホルダー」

そのセリフは聞き捨てならないものだった。

「大事な物なんで返してもらってもいいですか」

「これそんなに大事なものなのか?」

「そうです」

「一万でいいぜ」

「え?」

彼は悪い笑みを浮かべお金を要求してきたのだ。

「そんなに今持ってません」

「は?じゃあ返せねーな」

「先生呼びますよ」

私は最悪大声を出すつもりでいた。

「そん時はこのキーホルダーを粉々にするけどいいのか?」

それは脅しだった。

「本当にお金持ってないの」

今朝早く家を飛び出してしまったため、その日私は財布を家に忘れてきていたのだ。

彼はそんな私の言葉を無視し私を押し倒し、落としたカバンを漁りだす。

当然ながらその中から財布など見つかるはずはなかった。

「本当にねーじゃねえか」

「だから言ってるでしょ」

「お前、隠し持ってるのか?」

彼はカバンの中に財布が無いと知るや否や、今度は私が持っているのではないかと考えたのだ。

そして、私の方へ近づく。

キーホルダーを取り返したいという思いと怖いと思う感情があり、その場から動くことが出来なかった。

そんな絶体絶命的な状況に彼はやって来たのだ。

「そこのお前何してるんだ」

「は?」

「お前女子に向かって暴力ふるってたのか」

「別に殴ってねーよ。ただお金を貸してもらおうとしてただけだろ」

「そんな風には見えないぞ」

私の眼には彼は颯爽と現れた王子様のように映た。

王子様はすたすたとこちらに近づくと、彼から私を庇うようにして間に割って入って来た。

王子様は彼に負けないよう鋭い目で彼をにらむ。

「はぁ~もういいや、めんどくせ」

そして、彼はキーホルダーを投げ捨てどっかに行ってしまった。

「大丈夫?」

「はい・・・」

「これ君の?」

王子様はキーホルダーを拾い、私に渡してくれた。

「やばい、部活途中だった」

「あの・・・」

私が声をかける前に王子様は颯爽と立ち去って行った。


それから少し時間が経ち、今日は彼の誕生日だった。

結局あの日から声をかけることが出来ずにいた私だったが、今日が彼の誕生日だと知りあの日の感謝を伝えようとシナモンロールを作って来たのだ。

シナモンロールを作った理由は、以前に偶然彼を見かけたときに美味しそうに食べていたからだ。

今日は感謝の気持ちを伝えるつもりだが、一緒に告白もしようと考えていた。

なので、図書室で受験勉強している彼を見つめ終わるのを待った。

そして、時刻は過ぎていき彼はカバンに勉強道具を詰め込み図書室を後にした。

私は急いで追いかけ、彼に声をかける。

「あの」

「あれ?君はもしかして・・・校舎裏にいた子?」

「そうです、あの時はありがとうございました」

「わざわざお礼を言うために声をかけてくれたの?」

「はい。それと・・・・」

「それと?」

私は勇気を振り絞り伝える。

「あの日からずっと好きでした!私と付き合ってください!!」

言えた。

それから沈黙が流れた。

「ごめん。俺付き合っている人がいるんだ」

「そうなんですね・・・。そうとも知らずごめんなさい」

私はその場にとどまることが出来ずに急いでその場から去った。


帰り道、私は渡しそこなったシナモンロールを手提げ袋から取り出す。

そして、一口食べる。

「あれ?」

涙があふれてきた。

その涙を止めることが出来ず、ポタポタと頬から流れ落ちていく。

「あれ、なつきちゃん?」

後ろから名前を呼ぶ声がする。

振り向くとそこには、お揃いのひよこのキーホルダーをつけた親友の姿があった。

私は親友の胸に飛び込み、溢れる涙を抑えられずに泣きじゃくった。

そんな私を彼女は優しく包み込んでくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

がーるずいーと よもぎ @sakurasakukoro22121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ