第240話

『咲さんへ


 あれから一年経ちました。

 あっという間の一年で、正直私はまだ心から笑うことは出来ません。

 スマホを見ると、咲さんからのメッセージが届いていないかチェックする習慣が直らないよ。

 来てたら、むしろ怖いのにね。


 咲さんのお墓をどこにするかで、結構揉めました。

 別れたご主人が引き取りたいって言ってきかないのを、桐島のおじさんが裁判までして引き取ったよ。

 あとね、小出さんって社長さんも、おじさんに協力してた。

 二人が共同で咲さんのお墓を建ててくれました。

 私と小出さんで、たくさんお花植えたんだ。

 でも、咲さんが好きな花を聞いていなかったから、私達の独断と偏見です。

 丁度今はコスモスが満開です。

 上から見えてるといいな。きっと見てくれてるよね。


 相川先輩は、意識が戻った後に警察に逮捕されました。

 咲さんが亡くなったって聞いたら、自分が殺した、と話したそうです。

 小出さんは、そんなはずはないって言ってたけど、先輩は自分の意志だと言って譲りませんでした。

 小出さんが刑務所に何度も面会に行っています。

 咲さんが、亡くなった赤ちゃんのことも忘れて柊を選んだように見えて、それが許せなかった、と話したそうです。

 そんなはず、ないのにね。

 咲さんは、亡くなった赤ちゃんも、柊も、どっちも大事なはずなのに。

 相川先輩がそれを分からないはずないのにね。


 それから、柊のこと。

 柊は、変わりません。ずっとあの日のままです。

 事故の後、咲さんのことだけ全部忘れてしまいました。

 学校であったこと、私達と行った旅行のことも覚えているのに、咲さんのことだけはどうしても思い出そうとしません。

 でも、おじさんはそれでいい、って言います。思い出すと辛くなるだけだからって。

 今は私も、そう思っています。

 本当は、もっとたくさん咲さんの話をしたいんだけどね。

 代わりに、おじさんや小出さんと咲さんの話をしています。

 三人の中でなら、私が一番咲さんをよく知っているので、ちょっと自慢です。


 もしかしたらいつか、柊が全部思い出すかもしれない。

 その時は、私たちがちゃんと柊を支えるから、心配しないでね。

 私と柊がおばあちゃんとおじいちゃんになってから、咲さんがいるところに行ったら、また三人で遊ぼうね。


 そうだ、あれから特訓して、オムライス作れるようになったよ。


 楓より』


◇◆◇


「しゅーうー! ごはーん! 何度目だー!」

「おー、今行く」


 桐島家のキッチンから、二階にいる柊へ向かって楓が叫んでいた。


 福田が結婚のために桐島家の家政婦を辞めてから、この家の食事担当は楓だった。

 初めのうちは四苦八苦しつつ、その成果に柊や忠道が七転八倒することもしょっちゅうだったが、今ではもう立派な主婦だった。


(しかし、毎回何度も呼ばないと降りてこないのだけは変わらないなー)


 一年遅れで大学生になった柊と楓は、気が付けば周囲のほうが恋人同士として扱っていた。

 楓は全力で何回も否定したが、何故か柊は否定しない。それが災いして公認の仲になっていた。

 なんで自分が?! と楓が沙紀に泣きつくと、沙紀は苦笑しながら、


『楓ちゃんなら咲さんも安心だよ、きっと』


 と言う。それを言われると楓も逃げられなくなってしまった。




「あー腹減った」

「だったらなんですぐ下りてこないのよ」

「聞こえなかった」

「嘘つけ!」


 柊は笑いながら椅子に座る。どーんと迫力のある黄色い塊に、冷や汗が流れた。


「お前、これはさすがに……」

「なんだと?! 楓様の得意料理が食べられないと?! いい度胸だそこに直れ」

「分かった、分かったから、包丁こっち向けるな」


 柊は観念してスプーンを取る。

 一口分掬うと、ふと、懐かしい匂いがした。

 それが何なのか分からないまま、そっと口に入れる。


 振り返った楓は、びっくりして息を呑む。

 柊が、ボロボロ泣きながらオムライスにがっついていた。


「……いただきます」


 楓も、ちょっとだけ涙をにじませながら、自分の分を食べ始めた。


-FIN-

 

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