第238話
病院へ着いて忠道が名前を告げると、看護師と警官が揃って案内してくれた。
着いた病室には、包帯を巻かれ点滴を受けている柊がベッドに横たわっていた。
「車にぶつかった衝撃で骨にヒビがはいっているのと、打撲が数か所です。怪我自体は全治二か月というところでしょう。ただし事故のショックでその場に倒れてしまったので、脳震盪も起こしています。今眠っているのはそのせいです」
医師の説明に、楓はホッと息をはいた。意識不明の重体とかだったらどうしようと、生きた心地がしなかった。
「運が良かったのか悪かったのか……。でも寝てれば治るんだから良かったね、おじさん」
労わるつもりで忠道に話しかけたが、彼の表情は暗いままだった。
「息子の容体は分かりました。で……」
で? って?
楓は話が読めない。しかしここへ案内してくれた警官が頷き返す。
「こちらです」
病室を出て、エレベーターに乗る。病院特有の広くてゆっくりと動くエレベーターが、不意に不気味に感じて、楓は無意識に忠道にしがみついた。その手を、忠道はそっと握り返す。
エレベーターの扉が開くと、微かに線香の香りがして、楓は足が止まる。が、忠道に引っ張られるように歩き続けた。
「どうぞ」
指示された空間には、白い布を掛けられた人影が見えた。
シーツのすき間から見えた服の色はグリーン。控えめな布のふくらみは、女性一人分だった。
楓は、その場に膝から崩れ落ちた。
◇◆◇
「容疑者は相川宗司という大学生です。この人物に聞き覚えは?」
刑事に問われ、楓は震えながら口を開く。
「相川、先輩……」
「それは、柊が仲良くしていた?」
忠道の問いに、楓はまたも信じられない思いで小さく頷く。刑事が楓に気遣いながら問いかけ、宗司が高校のOBであること、柊と仲が良く、咲の前夫の弟だということを話した。
「先輩、は……」
「意識が無かったのでこの病院で治療を受けています。回復したら事情を聞いたうえで逮捕の予定です」
「生きてる、んです、ね……」
「はい」
この際宗司が生きていようがそうでなかろうが、楓にはどうでもよかった。だが、なぜこんなことになったのか、説明できるとしたら、それは宗司だけだった。
「どうしよう……」
「楓ちゃん?」
「咲さん、死んじゃったなんて、どうしよう……。どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
「楓ちゃん、落ち着いて」
「でも! おじさん、なんで落ち着いてるの? 咲さん、死んじゃったんだよ、柊の目の前で! 先輩に殺されて!」
「楓ちゃん!」
突然壊れたように叫び出した楓を、忠道は両腕を抑えて正面から名を呼ぶ。その背後で看護師が飛んできて、楓を退室させようとした。
「ウチ、言えない……。咲さんが死んじゃったなんて、柊に言えないよ……」
「言わなくていい。楓ちゃんは何もしなくていいから……」
言い聞かせるようにゆっくり話す。途端に、楓の両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「小出と申します。咲さんとも息子さんとも知り合いでした。それから、相川くんも……」
警官に紹介された女性に、忠道も自己紹介して頭を下げる。警察の説明によると、相川宗司の車に同乗していたということだった。
「今日は、四人で食事をする予定でした。事故現場が待ち合わせ場所で……。相川くんは車を止めるために駐車スペースを探していたのですが、急にアクセルを踏み込んで……。気が付いたら事故が起きていました」
沙紀はその瞬間を思い出しながら話す。自分が知っているだけの状況説明は出来るが、なぜ宗司がこんなことをしたのかはまるで分らなかった。
「こんなことになるなんて……」
本当なら、今頃多少の気恥ずかしさを感じながら四人で笑い合っていたはずだった。柊と咲のカップルをからかいながら、仲の良さに目を細めながら。
なのに、なぜこんなことになっているのか。
ショックと絶望で全てなかったことにしたいと思うそばから、目の前の忠道こそがそう思っているだろうと、自分の弱さが恥ずかしくなる。
「失礼します」
看護師が静かに入ってきた。
「桐島柊さん、目を覚まされました」
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