第237話
宗司の迎えの車に乗って、沙紀と宗司は一般道を目的地へ向かって走っていた。
「土曜日だから下道もちょっと混んでるわね」
「少し早めに出たから大丈夫ですよ」
器用にハンドルを回しながら、渋滞しかけている道を、他の車をすり抜けるように進む。そんなに小さい車ではないのに上手いものだと、沙紀は素直に感心した。
「ふふ、きっとびっくりするわね、二人とも」
「あれですか?」
後部座席には大きなアレンジメントを乗せている。チューリップ、ガーベラ、スイトピーなど、主に咲をイメージした愛らしい色合いの花をてんこ盛りにしてもらった。
「私からだと嫌味だと思われそう。あなたから渡してね」
「……分かりました」
これからの予定が楽しみで仕方がない、とでも言いたげに笑っている沙紀を、宗司は運転席から盗み見る。自分も同じ気持ちになれたらどれほどいいだろう、と考えるが、それもまた自分らしくないようにも思えた。
信号が赤になり、一時停止する。フロントガラス越しに見える空はアニメに出て来そうな青空で、これほど今の気分に似つかわしくない天気は無いと笑いが込み上げてきた。
「そこ、左折ね」
宗司は頷いてハンドルを切る。休日の駅前の大通り、車も人も自転車も多い。さすがに余計なことを考える余裕はなかった。慎重に車を走らせる。
(あ……)
その時、視界の遥か先に、よく見知った、というより求めてやまない影を捉えた。小さく息を呑むが、沙紀は気づいていないようだった。
深緑色のワンピース姿の咲。その隣に立つ、彼女より背が高く細身の青年。
先日会ったときは制服だから気づかなかった。私服姿の柊は、既に幼さを宿していなかった。並んで立つ様は一対になり、二人で完全をなすような、それでいて風景に自然に溶け込んで見えた。
そこには自分だけでなく、誠すら入り込む隙がなかった。
(そんな、はず……、それだけは駄目だよ、咲さん)
ハンドルを握る手にぐっと力がこもる。目は咲一人を捉えて、他は何も見えなかった。
宗司が一気にアクセルを踏み込むと、エンジンが急回転する音が響き渡る。同時に助手席から悲鳴が上がったような気がしたが、全てはどうでもよかった。
(駄目だ、咲さん。咲さんは、俺の……!)
ガアン!
激しい衝撃音がしたと同時に音が聞こえなくなる。フロントには真っ赤な血が飛び散っていた。二人に渡すために用意したアレンジメントの花びらが、スローモーションで降りかかる。
その向こう側に、呆然と突っ立っている柊が見えた。
◇◆◇
『本日のニュースです。本日昼、都内で、歩行者の列に自動車が猛スピードで突っ込む事故がありました。車は近くの店舗と街灯に衝突して停車。運転手は意識不明で病院に搬送されました。尚、この事故で、歩行者の女性が一人死亡、高校生が負傷しました』
リビングに降りてきた楓は、母がBGM代わりにつけっぱなしにしていたテレビから流れてきたニュースに耳を止める。
最近こういう事故多いな、と思いながら冷蔵庫を開けた時、玄関のチャイムがけたたましくなった。
「はーい」
ママどこー? と言いながら、楓はインターフォンで応答する。
ディスプレイには、真っ青な顔色の忠道が、何度もインターフォンを鳴らしながら楓の名を呼び続けていた。
そのただならぬ様子に、楓は持っていたコップを落とした。
急いで玄関を開けると、忠道は叫ぶように緊急事態を告げる。何事かと駆け寄ってきた楓の母にも事情を説明すると、大人二人に急かされながら、楓は出掛ける支度をし、忠道の車に乗った。
だが、楓は自分が今何をしているのか、全く把握することが出来なかった。
頭の中では、最初に忠道が告げた言葉だけが、何十回もリピートされていた。
『咲さんと柊が事故に遭った』
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