第236話
「週末?」
「そう。ランチでも行かない? 柊くんも一緒に」
「ありがとうございます。でも急にどうなさったんですか?」
打ち合わせが終わったところで、沙紀から三人で会わないか、と誘われた。咲は無論異存なかったが、唐突な感じも否めなかった。
「急ってわけでもないんだけどね。私は前からそうしたかったの。でも時間が取れなくて……。もし二人が良ければ、だけど」
「私は大丈夫です。柊くんにも聞いておきますね」
またも受験生の休日を別の用事で潰してしまうことになるのが心苦しいが、ここで沙紀の誘いを断ったところで、きっと柊は咲とは会いたいと言い出すだろう。それなら同じことだった。
(あの子、本当に受験大丈夫なのかな……)
自分が大学受験をした時代とは状況が違うのだろうか。それとも柊の出来はそれほど良いのだろうか。ただ、散々勉強を優先するよう言い続けている手前、これ以上厳しくするのも可哀想な気もしていた。
◇◆◇
「四人で?」
宗司から提案され、沙紀は少し戸惑う。
「構わないと思うけど……。それなら、二人と仲がいいあなたから声をかけたほうがいいんじゃない?」
「言ったでしょう、俺いま、柊と少し距離があるんです。だから言い出しづらくて」
「あなたもそんなこと気にするのね」
居心地悪そうに、『柊と仲直りしたいから、四人で出掛けたい』と頼んできた宗司が、やっと年相応に見えた。沙紀は自分が仲介役になる理由に納得し、頷いた。
「分かったわ。今週咲さんと打ち合わせする予定があるから、その時にでも……」
「ああ、俺が行くっていうのは、黙っておいてください」
「え? どうして?」
「俺もいるって知ったら、柊に逃げられるかもしれない。あいつ意外とビビりなんですよ」
これもまた沙紀には意外だった。同性で年も近い宗司相手になら、そんな顔も見せているということか。
それほどに自分とは距離があったのだと、今更痛感する。
「よろしくお願いします。場所の手配と、送迎は任せてください、女王様」
宗司はおどけて沙紀の手をとり、その甲に口づけした。沙紀はくすぐったそうに笑い声をあげた。
◇◆◇
待ち合わせの場所で合流すると、途端に柊が不機嫌そうな顔になり、咲は首を傾げる。
「なんか咲さん、いつもよりおしゃれしてない?」
「え? そうかな」
「だってそのワンピース」
夏の旅行の時に買ったものだった。少し薄い生地だからか、今日はその上にカーディガンを羽織っている。
柊は改めて上から下までまじまじと眺めまわす。
「ちょ、ちょっと、そんなに見られると……」
「うん、やっぱりすごく似合う」
「そう、かな……」
「俺と二人の時じゃなくて、あの人と会うからって着てきたのがちょっとムカつくけど……、可愛いからいいや」
「か、可愛いとか……」
やはり着てくるのではなかったと、咲は全身が赤く染まるほど恥ずかしさを感じながら後悔していた。だが柊は反対に、咲の手を取ってニコニコ顔だった。
「思い出の服だもんね、それ。俺たちの」
「ああ、夏の旅行で買ったし」
「じゃ、なくてさ」
柊は、ぐい、と咲の手を引っ張って引き寄せる。
「忘れてる? その服試着した時のこと」
俺は絶対に忘れないよ。
柊に耳元で囁かれ、咲は今度こそ降参だった。
「もうこの服着ない~~」
「え? え? どうして?! 俺めっちゃ好きなのに! その服来た咲さん、すっげー可愛いよ! 本当だよ!」
「し、しっ! 柊くん声が大きい!」
慌てて興奮した柊の声は、辺りに響き渡っていた。微笑まし気にスルーしてくれる通行人に、咲は心の底から感謝した。
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