第227話

「え? 来週は、無理なの?」


 友達と約束があると言って楓が帰った後、二人で勉強を続けながら来週の約束を取り付けようとした柊は、咲にNGを食らった。


「うん、ごめん……。その日だけはちょっと、ね」

「何か大事な用?」

「そう、ね。うん……」


 なぜか口ごもってハッキリ言わない。咲に限って自分に対して後ろめたい事情があるとは今更考えていないが、具体的な内容が分からないことが、無駄に柊を不安にさせていた。


「そっか……。淋しいな」

「柊くん、A判定でも受験生なことに変わりないんだから、たまにはお家でお勉強したら?」

「でもあまり意味ないっていうか」

「どうして?」

「咲さんどうしてるかな、って、気になって、多分スマホばかり見てる。だったら今みたいに目の前に咲さんがいるほうが勉強に集中できる」


 至極真面目に訴えたのに、聞き終わった咲は何故かプッと吹き出した。


「わっ、笑うとかひどいよ! 俺ほんとに……」

「うそうそ、ごめんね。でもなんでそんな心配するの?」

「だって……」


 くるくる回し続けていたシャープペンを置き、改まったような姿勢で柊は咲に向き直る。


「分からないことが多すぎるんだよ」


 言いながら、やはり自分の不安の根源はそこなのだと、柊は再確認していた。

 咲なりに内容や言葉を選びながら、自分の事情について説明してくれていることは理解している。それでも柊の想像が及ばないことが多々あって、しかし深く突っ込んで聞くのも憚れるようで躊躇っていた。

 開けてはいけない扉の奥に何があるのか。

 どうしても全てを見たい、知りたい。だが、見てしまったら後から『見なければ良かった』と思ったところで遅いのだ。見ることそのものより、無理やり扉をこじ開けることで咲との関係に影響することが怖い。

 そう思ってずっと堪えてきたものが、来週末は会えない、という一言で吹き出してしまったようだった。


「束縛とかそんなんじゃないつもりだよ。彼氏だからって咲さんの自由を奪いたいわけじゃない。今日だって久しぶりに楓と三人で楽しかったし……。だけどどこで何してるのかなって、その時俺のこと少しは考えてくれたりするのかな、とか……。俺、自分が学校に居てもずっと咲さんのこと考えてるから、それが変なのかもしれないけどやっぱりいつも会ってるのに会えないって言われてどこに行くのかも教えてもらえないともしかしてまだ俺に隠し事してるのかな、とか、それってやっぱり俺がまだ高校生」

「ストップ」


 怒涛のように話し続ける柊の口を、咲はそっと塞いだ。


「ごめんね、そんな風に考えていたなんて思わなかったから」


 驚いて目をしばたたかせる柊の口から手をどけて、そのまま頬を包む。ほんのり赤くなる顔が可愛くて、気が付けば無意識にキスをしていた。


「じゃ、一緒に行こうか」

「……え?」

「来週。でも勉強はしなきゃいけないからね、午前中で帰ってこようね」


 いきなりの予定変更に、嬉しいが戸惑う。こくこく頷きながら咲を見つめ返していたら、少しずつ冷静さが戻ってきた。


「でも学校でも、って、授業はちゃんと聞かなきゃだめよ」

「っ! いいんだよ、俺、頭良いから」

「それは今までちゃんと聞いてたから、じゃないの? ここでサボったら普通のテストも危ういかもねー」

「ちょっ……、ねえ咲さん、もしかして結構意地悪?」

「自分でも少しそう思ってる」


 睨み返してくる笑顔に、柊は理性が切れそうになった。


◇◆◇


 翌週。

 咲に言われた通り少し地味目の色合いの服で、咲の後ろについて歩いていくと。


「……ここ?」

「そう……」


 境内は静まり返っていたが、そこここから線香の香りが漂ってきた。

 

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