第226話
「やっぱ咲さんのご飯が一番おいしー」
「楓ちゃんも作れるようになったじゃない」
「んぐっ……、あれから練習してない」
「作れたっていうのか?! あのおじやみたいなチャーハンが?!」
黙れ! とスプーンを持っていないほうの手で、楓が柊の頭をぶった。すかさず柊が反撃する。咲もこうした内容の諍いは『じゃれ合い』だと思えるようになってきた。
「受験が終わったらまた一緒に練習しようね。慣れだから、料理は」
「センスや器用さは練習じゃどうにもならないしな」
「お前、許さん……。失敗作は全部押し付けてやる」
「俺を巻き込むなよ」
食べ終わった皿を咲が片付けると、ごく自然に柊が洗い始めた。少し前から、と聞いたが、二人で後片付けする様子に違和感はこれっぽっちもなく、そうなる前からこんな風に過ごしていたこと、それをお互いに大事に隠してきたことが伺える。
楓はやはり淋しさも感じつつ、二人を理解して世間の無理解から守るのは自分の役目なのでは、とも思っていた。
「楓ちゃんが持ってきてくれたケーキ、食べようか」
「わーい! ウチ、いちごー」
「いちごだけでいいのか? ほら」
「ちがーう! ケーキも!」
咲が皿に出したそばから手づかみで食べ始める。楓の存在は、いるだけで場を明るくしてくれるようで、咲はそれを注意する気にはなれなかった。
「ていうかさ、お前、なんでだよ?」
「んむ?」
「食いながらでいいけど……。なんで急に突っ込んできたわけ? 俺と咲さんのこと」
咲も気になっていたことを、柊が咲に口に出した。楓の勘の良さは知っているが、それだけだろうか、と。
指についたカステラのかけらを舐めとりながら、楓は上目遣いで二人を交互に見遣る。
「バレてるよ、二人のこと、女子に」
柊は一気に血の気が引く思いがした。
◇◆◇
『なんか隠してない?』
楓のツッコミに、友人は素直に認めた。そして山辺に誘われて、数人で週末に待ち合わせていた二人に突撃したという。
「でもおばさんだって。親と合流するって言ってたし、ハズレだったってことだよね」
「……じゃあ、その後おじさんと一緒になったんだ」
「そこまでは……。気が付いたらいなくなってたし。でもどのクラスの子かなー、って思ってたらめっちゃ年上だったしね。彼女いるって言ってた山辺さんの勘違いっぽいね」
ふーん、と気のない楓の返事に、友人もホッとしたのか、自分の弁当を広げ始めた。午後の授業の宿題に話題が移ったので楓もそのまま合わせる。
しかし心の中では、不用意な二人に舌打ちしていた。
「……てこと。もしかしたらあの子からも告られるかもしれないけど、それは中途半端なあんたの責任だからね」
「そんなのは……、まあどうにかするけど……」
柊の背に冷たい汗が流れる。もうあの件はあの場で片が付いていたと思っていた。楓の話では、その子自身は柊の弁を疑っていないのだろう。だが、楓が寧ろ『注意しろ』と促してきたことに不安を感じていた。
「なんで、だろうな」
ぽつり、と柊が漏らす。二人は黙って続きを待った。
「俺が……、咲さんを好きだって言うのは、そんなに悪いことなのかな……」
咲に言われたように、自分が未成年なことが一番のネックなのは理解している。だから卒業まで待とうと言われた。でもそれは、恋人としての関係を公にするとか、行為のことを指すのだと思っていた。
けれど、例えば別の人物から好きだと言われたときに、拒絶するための理由として咲の名を出すことすら憚られねばならないのか。
「わかってんでしょ、花枝さんの件があったんだから」
こういうときの楓は大人びた声を出す。だからか、柊もまぜっかえさず素直にうなずける。
「わかってるよ、俺だってそこまで馬鹿じゃねーよ、でもさ……」
自分の片想いだ、と言うことも、恐らく社会的には否定されるのだろう。場合によっては自分ではなく批判は咲に向く。花枝がまさしくそうだった。
楓や沙紀のように自分達の関係を認めてくれる人のほうが少ないのだと、柊も認めざるを得なかった。
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