第225話

「いってきまーす」


 次の週末、咲と会うために柊は家を出た。そろそろ長袖をもう一枚増やしたほうがいいかもしれない、と感じるくらいの気温だったが、歩いているうちに暑くなるだろうとそのまま門扉を開ける。

 そこへ。


「うーす」

「……なんだよ」

「ウチも行く」

「は?」


 驚きと抗議を混ぜたような柊の反応は無視された。楓はさっさと駅へ向かって-咲の家の方向へ-歩き出す。

 先日のクラスの女子とは違う、楓ではことも出来ない。柊は全面降伏してその後ろを歩き始めた。


◇◆◇


「いらっしゃーい! 楓ちゃん、久しぶり」

「咲さんおはよー、これ、おみやげー」

「すごーい、ありがとう! ほら、上がって上がって、柊くんも」


 無言のまま咲の家に着くと、明るい笑顔で出迎えてくれた。突然の楓の乱入で凹んでいた気分が復活する。しかし、心なしか自分だけの時より咲のテンションが高い気がするのは気のせいだろうか、と、柊は少しだけ気分が下がった。


 スッキリしない顔の柊に気づき、咲は心配そうにのぞき込む。つまらない嫉妬を悟られたくなくて、柊は無理に笑顔を作り、なんでもない、というように首を振った。


 リビングでは楓が一番奥に陣取ってこちらを見つめている。太陽の光を背に受けて、何やらやたらと偉そうに見えた。


「さて、と」


 勿体つけて、コホン、と芝居がかった咳ばらいをする。増々意味が分からなかった。


「おい、お前」

「二人から聞かせてもらいましょうかね、ちゃんと、一部始終を、楓様に」


 柊と咲は息を呑む。そして目で示されるまま、楓の向かい側に揃って腰を下ろした。


(こいつ冗談じゃなくエスパーなのかな……)


◇◆◇


「ほほう、いつの間にそんなことに?」


 この数週間にあったこと、小出沙紀に背を押されたことも含めて、柊と咲は何故か正座して楓に伝えた。話しながらお互いに(そんなことあったんだ……)と思いながら、補足し合いつつ話し続ける。


 咲が用意したお茶はとうに冷めていた。


「楓ちゃん、ぜーんぜん知らなかったなぁ。悲しいなぁ、淋しいなぁ」

「ご、ごめんなさい……」

「だってお前が、もう自分に頼るなって言っただろ。だから俺……」

「それはあの子、なんだっけ、山田さんにあんたが告られてたとき」

「おいこらっ……」


 つい口が滑った楓が、しまった、という顔をしたが、咲は笑って首を振る。


「別にいいの。山田さんって、この前偶然会った子?」

「山辺、な……。うん、隣のクラスで、でも全然話した事なかったのに告られたり彼女いんのか、楓と付き合ってんのか、ってしつこくてさ」

「あんたが中途半端に八方美人するからじゃん」

「んだよっ! とりあえず周りの人に親切にしてみろって言ったのお前じゃねーか!」

「勘違いさせろとは言ってない」

「知るかよ! あっちが勝手に……っ!」

「ちょっと二人とも落ち着いて」


 なぜか咲が間に入る。自分が他の女子に好意を寄せられている、という事実に全くと言っていいほど反応しない咲に、それはそれで柊は不満だった。


「はい、お茶、淹れなおしたから」


 温かそうな湯気を見つめていると感情が凪いで来る。しかし不満は残った。


「なんで平気なんだよ、咲さん。その……」

「山田」

「もういいよそれ、……咲さん、もっと嫌な顔するかと思ったのに」

「え? だって、小出社長との話のほうがずっとインパクトあるし」


 さらりと出てきた沙紀の名に、柊は盛大に紅茶を吹き出した。


「きったねーなぁ、もう!」


 ぎゃー! と楓は非難の声をあげるが、柊は完全にスルーだ。咲が慌ててキッチンから布巾を持ってくる。


「そ、それは……っ!」

「柊くん格好いいもん。親切にされたら、好きになっちゃう女の子がいてもおかしくないんじゃない?」


 楓の手や服を拭いてあげつつ返す咲の言葉に、柊は再びテンションが上がった。


「何一人で怒ったり照れたりしてんの。キモ」


 再び二人の言い合いが始まる。いつの間にか蚊帳の外になっていた咲は、ケンカを放置して昼食の準備をするためにキッチンへ向かった。



 

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