第220話

(……だれ?)

(山辺さん、隣のクラス)

(知ってるの?)

(同中だった)


 唐突に会話に入ってきた女生徒に一瞬たじろぐが、隣のクラスと分かって一様に警戒を解いた。


「えと、山辺さんだよね。知ってるって、何が?」

「桐島くん、付き合ってる人、いるみたいよ」

「え? そうなの? てかなんで知ってるの?」

「彼から聞いたの」


 事も無げにニコリと微笑みつつ答える山辺に、一同は再び驚きを隠せない。クラスメイトの自分達も知らなかったし、一番親しいはずの楓も、彼女の存在までは匂わせなかった。しかも本人から聞いたと言う。柊が楓以外の誰かに打ち明けることが意外過ぎた。


「誰、誰? ほんとにかえじゃないの?」

「違うみたい。名前までは教えてもらってないけど」

「何組の子かなぁ、後輩とか?」

「まじ気になるー!」


 声を極力抑えつつ盛り上がる面々に、山辺が提案する。


「じゃあ、みんなで突き止めてみない?」


 再びニコリ、と笑いながら、目はしっかりと柊の背を捉えていた。


◇◆◇


『A判定? すごい、よかったねー』

「うん、でもいつもこんな感じだよ」

『心配ないって言ってるもんね。楓ちゃんも大丈夫っぽいし、安心した』


 咲の言葉に、柊は一瞬眉を寄せ、そっと窓の外を見やりため息をつく。どうやら楓は自分の模試結果を盛って咲に報告したらしい。


「あいつは……、まあ自分でどうにかするだろ」

『柊くんは、将来どうしたいかとか、決めてるの?』


 話の流れからか、想定の範囲内の質問をされた。だが、柊は口ごもってしまった。


「実は……、あまり考えてない」


 暇だから、という理由だけで毎日勉強していたら、成績が上がった。たまたま親しくしていた先輩が最高学府の学生だった。その大学が家から通える範囲だったからそこを志望校にした。学部も、やりたいことがあったわけではないが、自分は文系では退屈しそうだから理系にした、という程度だった。


「そういうのって、決めたほうがいいんだよね」

『どうかな……。決めたほうがいいかもしれないけど、高校生の時に決めたそのままの大人になる人って少ないしね』


 少しだけ咲の声がトーンダウンした気がした。もしかしたら、離婚したという前の夫や、死んだ子どものことを考えているのだろうか。

 そう想像すると、自分が知らない咲の顔が、二人の間に立ちはだかるような気がして、怖くなった。


「俺、どんな大人になりたいのか、まだ分かんないんだけどさ」

『うん』

「ずっと、咲さんと一緒にいたい。それだけは、絶対」


 言い終わってから、柊は完熟トマトより真っ赤になった。


◇◆◇


 土曜日の朝。

 山辺は数人の女子と一緒に、とある駅にいた。


「本当にここでいいの?」

「桐島くんの家ってここじゃないよね、かえの家と隣なんでしょ」

「違う、向かいだよ」

「どっちでも一緒じゃん」


 面白半分、外れても別に気にしなそうなノリの面子とは違い、山辺の顔は真剣で、目は改札口にじっと注がれて微動だにしなかった。


(多分もうすぐ……、そしてあの人も……)


「ねー、この後どうする?」

「ランチしようよー、楓も呼ぶ?」

「それはだめっしょ、何でいるの? って聞かれたらやばいじゃん」

「ねー、山辺さんも一緒に行かない?」


 自分達の会話の輪に入ってこない山辺を気にして、一人が声を掛けた。しかし返事がない。不審に感じて肩に手を伸ばした時。


「桐島くん」


 柊が、両手に紙袋を下げて改札を通ってきた。

 いつも通りだ。必ず何か手土産を持ってくる。きっと待ち合わせ時刻はもう少し先だ。相手が来るより先に来て待っている。まるで、相手を待たせるその数分すら惜しいとでも言うように。


「ほんとだ、桐島っちだ」

「ちょっと、声デカいって」


 ひそひそ声を背後にしながら柊の動きを目で追い続ける。

 そして数分後。


「咲さん!」


 特大の笑顔で、喜びを抑えきれない声で、信号の向こうにいる人物に手を振って駆け出した。

 

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