第219話
『模試お疲れ様でした。今夜はゆっくり休んでね』
部屋に戻り、咲からのメッセージをもう一度読み返す。
ごく普通の、挨拶のような一文。他の誰かに言われたらきっと素通りしてしまうだろう、当たり前の言葉が愛しくてたまらない。
咲は常に、そばにいなくても自分を気遣ってくれる。ここ数日は、夜になると、長ければ一時間くらい電話で話をしていた。ほんの一言声が聞ければ、と思った柊が毎日掛けているが、もっと、もう少し、と思ってしまいズルズルと時間が過ぎていく。
それでも物足らない。だが、咲の負担や疲労を考えて一時間で我慢している。
自分なりに自制しているつもりだが、多分まだ甘いのだろう。自分の欲に対して。
今も声が聞きたい衝動と必死に戦っている。だが明日は月曜日だ。断腸の思いで『おやすみなさい』と送り、スマホを放り出してベッドに転がった。
(大人、って、何だろうな……)
だが、とても大きなヒントをもらえた気がして、初めて沙紀に心から感謝した。
◇◆◇
「んげ、またA判定じゃん、むかつくー」
模試の結果を配布され、自分の分を放り出して、楓は柊の結果を取り上げる。
「おい、返せよ」
「何だこの点数。半分寄越せ」
「バカか」
結果の用紙をヒラヒラさせて逃げる楓に呆れて、放置されていた楓の模試結果を取り上げる。こちらはB判定だった。
「まあ、一浪くらいならいいんじゃねえか」
「勝手に落ちると決めつけるな!」
「でもお前、咲さんとなんか約束してなかったか? 現役合格したらなんとか、って」
「そうだよ、だから絶対合格するの!」
「じゃあもっとまじめに勉強しろよ、夜もすぐ寝てないでさ」
「なんだと! 何で知ってる! お前か、ママと通じてるスパイは!!」
「本気でばかだろ、お前」
楓が届かない高さに模試結果を持ち上げてヒラヒラさせる。柊に飛びついてもぎ取ろうとするが、全部躱されて手が届かない。
「ウチも知ってるぞ! ずるいぞ、咲さん独り占めして!」
「……えっ?!」
焦った瞬間、柊の手の力が抜けて紙が滑り落ちる。それを白刃取り! と言いながら、楓はすかさず両手でキャッチした。
「よし、無事取り返したぞ」
「ちょっと待てよ、何だよ今の」
「ちょ、ひっぱるな、コケるじゃん」
「じゃなくて! まさかあの女が」
「バカなの? 福田さんは何も言わないよ、てかあんたん家ウチの真向かいじゃん、咲さんが来て帰ったの見えてたから。なんでウチ呼んでくれないのかなーって寂しかったんだぞ」
あかんべー、と目の下を押し下げる顔を見ながら、柊はホッとして、楓を捉まえていた手を放り出す。楓は今度こそよろけたが、柊は気にせず自分の席へ戻って行った。
「あんたたちさー、あんだけイチャイチャしてて、それでも本当に付き合ってないの?」
満足げに戻ってきた楓に、呆れ顔の友人が盛大に溜息をつく。
「イチャイチャ?」
「そうじゃん、抱き着いたり掴み合ったり。付き合ってなきゃやらないよ、あんなこと」
「……はぁ、何度も言うけど、ウチと柊はそんなんじゃないよ」
最近よく言われる話だった。二人で何度否定しようが、周囲は中々納得してくれない。楓は正直、またか、と思って、会話の輪から外れた。
「でもさぁ」
別の友人が、柊に視線を送りながら首を傾げる。
「桐島くんって、女慣れしてる感じ、しない?」
「あー、わかるー。他の男子となんか違うよね、過剰反応しないし」
「楓に反応しないのは当然として」
「もしかして、本当に彼女いるんじゃない? 楓じゃなくて、さ」
「他クラとか?」
「桐島っちって、部活も委員会もやってないじゃん」
「バイトとか?」
「そう言うイメージでもないよねぇ、それに、結構おぼっちゃまらしいじゃん」
当事者の言い分をまるで無視して、柊に恋人はいるのか、それは誰だ、という詮索話が盛り上がり始めた。
そこへ。
「私、知ってるよ」
声を掛けてきた女子生徒に、一同は皆『誰?』と、顔を見合わせた。
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