第217話
一人の夕食を終え、沙紀が仕事用のメールをチェックしていると、手元で電話が鳴った。
(え……?)
発信元を見て沙紀の心臓が大きく跳ねる。見間違いかと、何度も確認している間も鳴り続ける。微かに震える手でスマホを取り、応答した。
◇◆◇
カラン。
昔ながらの喫茶店の、ドアについたベルが鳴る。顔を上げれば、入口に柊の横顔が見えた。
「……ごめん、日曜に」
背負ったリュックを下ろしながら、パーカーにジーンズ姿の柊が椅子に腰かける。年相応な服装が沙紀には新鮮だった。自分と会っていた時は服装も髪型も振る舞いも全てうそをついていたのだと思うと、今更ながらどれだけ自分は距離を置かれていたのかと痛感する。
柊の言葉に、首を振って返事した。
「忙しいなら、明日でも良かったのに」
「模試だったんだ。でも終わったし。平日はそっちが忙しいだろ」
一応気遣ってくれたのかと思うと、知らず笑顔が浮かぶ。諦めたと思いつつ、そう簡単に消える思いではないようだった。
「先週、あんたの会社に行ったのもさ、本当は……聞きたいことがあったんだ」
「私に?」
「……あんたと咲さんて、同い年くらいだろ。俺達、結構歳離れてるじゃん。でもその……、あんたは俺のことを……」
恥ずかし気に言い淀む柊に、沙紀は助け舟のつもりで言葉を継いだ。
「そうね、愛してたわ」
「あ、ああ、うん……」
自分の恋心の弔いのつもりであえて強い言葉を使う。案の定、驚いたように慌てる柊を、もう少しからかいたくもなった。
「で? そのことを聞きたかったわけじゃなわよね?」
「……なんで、かな、ってさ。俺……、あんたから見たら超ガキじゃん。なのにどうしてかなって思って」
今更それを聞いてどうするつもりなのだろう、と疑問に思ったそばから、理由が分かった。柊が知りたいのは自分の気持ちではないのだ、と。
「私が君を好きになった理由を知っても、咲さんの気持ちがわかるとは限らないわよ?」
軽く睨むような眼つきで返す。いじめるつもりはないが、いくら年が近いからといって、本命のスペア代わりにされるのはごめんだった。自分と咲の共通点は名前だけだ、と。
「君が一番分かってると思うけど、私と彼女の性格は正反対よ」
「でも仲良さそうに見えた」
二人が談笑しながらビルから出てきた時は、咲がいたことにもだが、二人の親し気な様子にも、柊は驚いた。
「咲さん、やっぱり俺のことガキ扱いするし……」
柊は昨日を思い出して、心に淋しさを再現する。
そうすんなり恋人同士になれるとは思っていない。だがそれでも、二人切りの時くらい、それらしい扱いをして欲しいと思うのは、我儘なのだろうか。
「真面目な人だしね。君の年齢にこだわってるのは、無いとは言えないけど……」
カチャリ、と音を立て、ティーカップがソーサーに戻される。思わず手を伸ばしてその頭を撫でてやりたくなるくらい、柊が頼りなげだった。
「年齢差だけなのかしら? 彼女が君を子ども扱いするのは」
仕事中に咲にするように、あえて答えは言わずに続ける。
「君が考える大人って、どんなひと?」
◇◆◇
柊が家に帰ると、丁度リビングから出てきた父と顔を合わせた。
「おかえり。模試はどうだった? 手ごたえあったか?」
「ただいま。うん……、多分A判定だと思う」
「強気だな」
学校のテストや成績表を見ているので、忠道は柊の言葉がハッタリではないと分かっている。このままいけば自分よりランク上の大学に入学することになるだろう、と思うと、父として誇らしい心持だった。
「まあ無理するな。直前になったら勉強より体調管理が大事だぞ」
ポン、と柊の肩を叩き、自室へ向かう。
柊は、自分よりまだ少し高い位置にある父の頭と広い背を見つめながら、小出沙紀の言葉を思い返していた。
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