第200話

 ほんの五分やそこらだったのに、精神的に疲れた楓は、げっそりしながら教室へ戻った。


「かえ、おかえりー」

「もうみんな食べ始めちゃってるよ。楓っちも食べよー」


 ほらほら、と椅子を引いて出迎えてくれた。楓はそこへ、どさり、と腰を落とす。

 顔を上げると、離れたところで柊がスマホを見ていた。きっと咲と何かしらのやり取りをしているのだろう、と想像する。


(いいんだけどさー、何でウチがこんな目に……)


 結果として誤解を強めた上に、他クラスの女子を傷つけてしまったような悪い後味が拭えない。いつもなら近寄って行ってパンチの一つも見舞いたいところだが、この状況でそんな真似したら火に油だろう。


 帰ってからまとめて文句言ってやろう、と考え直し、みんなに混ざって弁当箱のふたを開けた。玉子焼きとおにぎりのいい匂いが立ち上る。


「いただきまーす」


 手を合わせてからパクついた時、上から名を呼ばれた。


「楓、ちょっといいか」


 ザワリ、と教室内の空気が動くのを感じた。瞬間、楓は(ヤバい)と思ったが、柊は無反応なまま、楓が動き出すのをじっと待っている。


「かえ、呼んでるよ」


 友人にせっつかれ、仕方なく立ち上がり柊と一緒に教室を出る。せめて食べ終わるまで待って欲しかったが、柊にそんな気遣いを求めても無駄だということも分かっていた。




 中庭まで来て、ようやく柊の足が止まる。


「なにー? ウチまだお昼食べてないんだけど」

「俺もだ」

「あんたは自主的に食べないだけじゃん、ていうか、食事抜いたら咲さんにちくるよ?」

「あのさ」


 嫌味のつもりで咲の名を出したが、どうやらそれが目的だったらしい。柊はスマホのトーク画面を表示させて突き出してきた。


「何?」

「これ、どういう意味だと思う?」


 見ていいのか、と目線を送ると、柊も黙って頷く。スマホを受け取ると、想定通り咲との会話画面だった。読んでみて驚いた。

 咲の家に行く時間の約束を交わした後は、『しばらく会わない』と柊が送り、咲からは『わかりました』と返事が来ている。


「会わない、って……あんたなんで」

「いや、それはちょっと、理由があるんだけど……。咲さん、わかりました、ってさ、なんでかな」

「……はあ?」

「理由とか、聞いてくんねーの」

「何言ってんの」

「俺、この日咲さん家に居たんだ。咲さんは晩飯も用意してくれてたみたいなんだけど、俺、その前に帰ったんだよ」


 楓は全く理解出来ないながら、独り言のように話し続ける柊をただ見守ることにした。


「そんで……、怒ってるのかな、って……」


 そこまで言って柊は黙ってしまった。楓はがっくりと肩を落とす。


「ぜんっぜんわかんないんだけどさ、つまり、咲さんを怒らせちゃったかもしれなくて、でも怒ってるのか聞くことも出来ないし、どうしようか困ってる、ってことでいいの?」


 柊が端折ったらしい事情はすっ飛ばした楓のまとめに、柊は何度も頷く。楓はもう一度ため息をついた。


「なにそれ今更じゃん。普通に聞けば? そういう時に遠慮するな、ってことも含めて、咲さんは『甘えて欲しい』って言ってくれたんじゃないの?」

「う……、それはそうなんだけど、俺……」

「何、甘えられない何かでもあるわけ?」

「その……、前に、咲さんの役に立ちたいって言っちゃって、それなのに……」

「真逆のことしてんだ、あんた」

「……」


 はあ、と、大きく息をつくと、楓は近くの花壇の淵に腰を下ろした。


「……悪いけど、自分でどうにかして」

「……助けてくれないのかよ」

「咲さんからどうにかして欲しいって言われたなら助けたと思う。でもあんたから言われたから、今回は何もしないことにした。最近ちょっとあんたの世話焼きすぎたわ」


 立ち上がり、スカートの裾を払うと、楓は柊に背を向けた。

 きっと助けてくれるだろうと期待していた柊は、楓の反応に心細さに呆然とする。しかし何故か、その後ろ姿からは決然とした拒絶感があった。


(可哀想な気もするけど、変な噂消すためにも、柊とは距離とったほうがいいよね)


 先ほどの山辺の件といい、何故自分が加害者みたいな後ろめたさを感じているのかと、楓は心の中で首を傾げた。



 

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