第199話

「岸川さん、ちょっと、いい?」

「ほえ?」


 週明けの月曜日。待望の昼休みになり、さっそく弁当を広げようとしたところで、楓の席の横に知らない女子生徒が立っていた。


「ごめんね、お昼なのに。すぐ終わるから」

「あ、うん……」


 ごめんね、と言いつつ返事を待たずに歩き出す。楓はよく分からないながら、慌てて女子生徒の後を追った。




「私、隣のクラスの山辺です。一度も話した事なかったよね」

「うん、うちは……」


 相手が名乗ってくれたので自己紹介しようとしたら、クスリと笑って山辺が遮った。


「知ってる。岸川さん目立つし。……桐島くんと仲良しだし」


 最後の一言で、楓は、あっ! と息をのんだ。柊が話していた女子生徒とは山辺のことだったのか、と。


「えと……、もしかして、柊?」


 遠回しなのは楓の性分ではない。早く弁当が食べたいこともあって、単刀直入に切り出すと、今度は山辺が慌てた。


「ご、ごめんね、桐島くんにも聞いたんだけど、やっぱり見てるとすごく仲いいし、いつも二人でいるし、付き合ってないって言ってたけど、ほんとかなって……」


 やはり、と合点がいくと、楓は急に肩の力が抜けた。


「付き合ってないよ、ほんとに」


 そして、渡りに船、とばかりに、ここでしっかり否定しておけば妙な噂は消えてくれるかもしれないと、握りこぶしを作りながらくっきりはっきり断言した。


「で、でも、幼馴染なんでしょ?」

「うん、うちのパパと柊のパパが友だちで、家が近所だし」

「でも桐島くん、岸川さん以外とは話しないし」

「アレは……柊の性格だから」

「でも、格好いいし、頭も良いし、きっと桐島くんと話したい人たくさんいると思う。けど、この前までは先生以外なら岸川さんとしか話さなかったよね?」

「誰も話しかけないからっていうのもあるんじゃないの?」

「だって、なんか近寄りがたいって言うか、声かけるきっかけがないし」

「でもこないだ柊を呼び出したんでしょ? そうやって……」

「き、聞いたの?! 桐島くんに?」

「へ? うん、聞いたよ、だって」

「やっぱり付き合ってるだよね、そうだよね? 彼女には隠し事したくないからって、そういうことだよね?」

「いや、だからそうじゃなくて……」

「ごめんなさい!」


 え? 何が?! と驚く楓を置いて、山辺は走って校舎へ戻って行った。


(もしかして……誤解膨らませた?)


 柊ごめん、と心で謝りつつ、なんで自分が謝らなきゃいけないのかと思うと、逆に柊に腹が立ってきたのだった。


◇◆◇


 そろそろ午後の業務が始まる時間なので、咲はデスクに広げていた本を閉じる。

 その時、昨日の柊の様子が脳裏をよぎった。

 そして、夜になって送られて来たメッセージ。


『今日はごめん。しばらく咲さんに会わないようにします』


 思い出すと再び胸が塞がる。

 ごめん、とは、何に対してだろうか。

 会わないとは、どうしてだろうか。

 しばらくとは、どれくらいの期間なのだろうか。


 先週末『会いたい』と言われた時は、受験勉強に専念しなくていいのだろうか、と心配になったのは咲のほうだった。

 それなのに、いざ『会わない』と言われると、淋しい。

 大きな空白が突然足元に出現して、気を抜くとその中に落ちてしまいそうな恐怖と心許なさに襲われた。


 理由を聞こうかと思った。が、その文面は消して、今朝になってからやっと一行だけ返した。


『わかりました。勉強がんばってね』


 すぐに既読マークはついたものの、昼になっても柊からの返信はないままだった。

 

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