第196話
帰りの電車の中で、柊のメッセージを何度か読み返す。
『今日もお仕事お疲れ様。次の週末も会いたいな。いいかな?』
労わりと気遣いと、そして微かな甘え。遠慮がちな物言いも、柊の声が聞こえて来そうでつい顔が綻ぶ。
無論、咲とて、今では習慣になっている週末の柊達との時間は楽しみの一つだった。柊がこちらへ来たり、自分があちらへ行ったり。そこへ楓や忠道が加わると更に賑やかになる。
まるで、家族のように。
心の中でその単語を思い浮かべた時、背後から何かに引き留められるような感覚に襲われ、咲は固まった。
(違う……)
自分が、そんなことを考えてはいけない。
彼らは、違う。そうだ、それを忘れてはいけない。
ぐっと奥歯を噛みしめると、呼吸を整えてから柊に返信を送った。
◇◆◇
『もちろん。でももう九月だよ。受験勉強も佳境じゃないの?』
柊は、何度も読み返しながら、返信に悩んでいた。
最初の一言で舞い上がり、その後の文章で落ち込む。直前だからと特別な何かをする必要は自分にはないのだが、かといって土日返上で遊ぶのは咲の心配を増やすだけかもしれない。
しかし、咲と一緒にいたい。これだけは譲れない。
うーん……、と考え込んだところで、放課後の自分が頭に浮かび、飛びつくようにしてメッセージを返した。
◇◆◇
『じゃあさ、咲さん家で勉強する。咲さんも親父からもらった本読んだりするんでしょ? 一緒に勉強しようよ。それならいい?』
一度沈みかけた心が、柊のメッセージで再び浮上出来た。これは彼が私を助けてくれているのだろうか、それとも彼が求めている甘えなのだろうか。どちらともいえるし、違うとも思う。
だが、そんな区別はもう関係ないような気がしてきた。
『じゃあ、うちで一緒に勉強会しようか。ちゃんとお父さんにもお伝えしてね。一日外で遊んでるって思われると心配なさると思うから』
送り終えると、さて受験生のために週末は何を作ろうかと、楽しい悩みごとに咲の頭は占領された。
◇◆◇
「っしゃ!」
咲の返信を見て、ひとりでガッツポーズをとる。一々父を絡めてくるあたり、その度に自分が子どもであることを自覚させられて面白くないが、ここで彼女の言う通りにしておくことが、今は咲を守ることにつながるということは、去年の一件で嫌と言うほど思い知った。
今は何であれ、一緒にいられればそれでいい。焦るな、分を守れ、それが咲を、ひいては自分と咲の関係を守ることにつながるのだ、と、何度も自分に言い聞かせる。
スマホをポケットに入れ、リビングへ降りると、帰宅したばかりの父と遭遇した。
「お、なんだお出迎えか」
「偶然だし……、まあ、おかえり」
夕食時に息子が普通に家に居て、『ただいま』『お帰り』の会話が出来ることが嬉しい。忠道はつい柊が小さかった頃のように、大きな手でその頭をぐりぐり撫でた。嫌がるかと思ったが大人しくされるままになって、しかも黙って後ろをついて来た。
「あのさ、今週末、咲さんの家で受験勉強したいんだけど、いいよね?」
「なんだ、いきなり。咲さんと会うのはいつものことだろう」
「いや……、週末遊びに行っていい、って聞いたら、親父の許可取れって言われて……」
「さすがだな。もちろん構わん。他所でフラフラするより、咲さんと一緒のほうがちゃんと勉強するだろ、お前も」
「っうん! 頑張るよ」
「ついでに咲さんの邪魔もするなよ」
「親父があげた本、何度も読んでるって言ってた」
「そうか……、だったら」
忠道は部屋着に着替えながら、本棚から数冊抜き取った。
「これも渡してくれ。返さなくていいから、って」
「……分厚すぎね?」
「これくらい大人ならすぐ読める。お前も負けるなよ。というか……、本当に大丈夫なのか? 受験」
「大丈夫だよ、春の模試もA判定だったし。なんでみんなそんなに心配するわけ?」
「そりゃ……」
口を開けば咲のことばかり。時間が空けば咲に会いに行く。
そんな様子を見ていれば誰でも心配になるだろう、と言いかけて、忠道は笑いながら口をつぐんだ。さすがに柊がへそを曲げるだろうと思ったからだった。
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