第197話

「いやー、お前まじで頭良いのな」

「ほんと、教え方超上手いよ」

「毎日やって欲しいくらいだわ、桐島塾」


 あれ以来恒例となってしまった同級生への放課後補習は、日を追うごとに参加者が増えている。柊は全教科成績がいいが、口頭で教えてどうなるものでもない教科もある。質問が多いのも主に数学や英語だった。

 特に英語は国立私立、文系理系関係なく受験科目に含まれる。評判を聞きつけた他クラスからも、教科書を持ち寄ってくる生徒がいた。


「なあ、明日土曜じゃん。誰かの家に集まって桐島塾やらね?」

「あ、いいねそれ! 予備校よか分かりやすいし」

「楽しそうー、私たちも行っていい?」

「なあ、桐島ん家、でかいじゃん、俺ら明日行ってもいい?」


 柊は自分そっちのけで進んでいく話の流れにぎょっとした。明日はダメだ。というよりも週末は絶対にダメだ。


「ごめん、週末は予定あるんだ」

「なんだ、そっか」

「来週も?」

「うん……、悪いな」


 そっかー、と、残念そうな声を上げながらも、では柊以外のメンバーで自習しようか、という話で盛り上がり始めたのでほっとした。

 しかし、思いもよらない問いかけをされた。


「やっぱ、あれ? 岸川とデートとか?」

「いいなぁ楓っち。彼氏からいつでも勉強教えてもらえるじゃん」


 柊は、半ば公認のようになっている自分と楓の関係性に唖然としながら、昨日の一件を思い出していた。


「幼馴染からカレカノとか、王道だよねー」

「マンガみたいだよな」

「どっちから告白したの?」

「ちょ、ちょちょ、待ってくれよ、なんでそんな」

「いーからいーから、照れるなって」

「でも岸川ってさ、いいなって言ってる奴多いから、気つけろよ」

「だーいじょうぶだよー、かえは浮気なんかしないって」


 否定しようとしたが、まるで聞く耳を持たない。取り付く島もない中、別方向から教科書を突き出され、そちらに取り掛かっているうちに有耶無耶になってしまった。


◇◆◇


「おい」

「何だ受験生、ちゃんと勉強しなきゃダメじゃないか」


 家に帰る前に、道路向かいの楓の家に行く。一応部屋の扉をノックはするが、返事を聞く前に開けると、本当に珍しくちゃんと勉強机に向かい教科書を開いていたので、ほんの少し驚いた。

 だが、今はそれどころではない。


「お前、なんか知ってるか」

「あ? 何、いきなり」

「俺達が付き合ってることになってんぞ、クラスで」

「……あー、それね」

「知ってたのかよ?!」

「いや、それっぽいこと言われただけで、忘れてたわ」


 ペンを回しながら自分も椅子をくるくる回して回っている楓の様子を見ると、丸っきり気にしていないようで、あの時慌てた自分が少し恥ずかしくなった。

 が、やはり放置はしたくない。


「お前、否定しとけよ」

「そりゃ、面と向かって聞かれたら否定するけど、もしかしたら、って段階だし」

「俺は面と向かって言われた。決定事項として。よく分かんねーけどお前のせいだからお前が否定しとけ」

「なんだそれ? 相変わらず甘えん坊さんですねー、自分のことは自分でどうにかしなさいよ」

「だって……、じゃあどうすりゃいいんだよ」

「……分からん」


 偉そうに言い返しつつ、楓もこういう経験はほぼない。というか、ない。彼氏がいたこともなければ、実は『好きな男子』とやらもいない。もしかしたら自分は柊が好きなのかと思っていた時期もあったが、完全な勘違いだったと断言できる。


 うーん、と二人して考え込んでしまった。


「誰に言われたの? その変な噂」

「今日、放課後に一緒に勉強してた連中と……」

「と?」

「昨日、知らない女子に……」


 もごもごする柊を問い詰めると、呼び出されてからの一部始終を聞き出した。聞きながら楓は、心の中で頭を抱えた。


(やっぱそうなったかー)


 もし柊が誰かに告られるような事態になったとしても、修行の一環として放置しようと思っていた楓だが、どうも自分も無関係とはいえないらしい。


(どうしたもんかなー)


 つい、咲の顔が思い浮かぶ。

 だが、柊の気持ちを考えると、咲に相談するのは諦めるしかなかった。

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