第194話

「それ、持つよ」

「ありがとう、って……、ええ?!」

「なんだよ」

「う、ううん、ありがとう……」


 同じクラスの女子が、次の授業で使う備品の運搬を担当教員から指示されていた。当番とはいえ、女子が一人で運ぶのは無理がある量に見えた。柊は横から手を出して教室まで運び始めた。


(うそ、今の、桐島くん?)


 無表情、無口、不愛想で知られた桐島柊が、頼んでもいないのに、同じ当番でもないのに、たまたま通りすがりだったのだろうが手伝いを申し出てきた。

 びっくりして遠慮する余裕もなかった。対して柊は三十人分の備品を一人で持ち上げて、スタスタと歩いて行ってしまった。


 彼女だけでなく、柊の人となりを知る他の生徒も、呆然とその光景を見送っていた。




「そこ、危ねえぞ」

「届かないだろ、言えって」

「忘れたのか? 貸してやるよ」


 男女問わず、目に付いたところで困ってそうな人がいたら手を貸す。

 ある日を境に、そのような桐島柊の姿をあちこちで見かけるようになり、周囲はざわついていた。


(桐島くん、どうしたんだろ……)

(あんな奴だったっけ?)

(悪い人じゃなかったけど、でもずっと喋ったこともなかったのに)


 先日の自主的な授業の補習も、放課後にたまに行われていた。

 元々柊は全教科万遍なく成績上位で、教師も含めて『頭のいい奴』と思われていたので、その点は皆あまり違和感なく受け止めていたらしい。


 ただ、ここ数日は、勉強だけでなくちょっとした親切を自主的に働いている。やっていることは些細なことばかりなのだが、何故か回数が多い。その為、日を追うごとにさざ波が大きな波に成長するように、周囲からの反響も大きくなっていった。


「ねえねえ楓っち! あれ、なんで? どうしたの?」

「あれ、って、柊のこと?」

「そうだよ、もうみんなすっごい不思議がってる。初めて声聞いたって人もいるし」


(どんだけぼっちだったんだよ、あいつ……)


 楓は友人も多ければ家族とも会話が多い。その中でも今一番接点が多いのは誰か、と聞かれれば、それは柊かもしれなかった。

 だから、たったこの程度のことで、周りがこんなに驚くとは思っていなかった。


 咲に対して何をしてやればいいのかが思いつかない、と悩む柊に、では身近な人の手助けをしながら、いつか咲の役に立てるように練習してみてはどうか、と提案したのは楓だった。

 その提案を飲んで、早速学校で実行してるようなのだが、普段何もしなかっただけに、周囲のほうが戸惑っていた。


「まあ、ちょっと理由があるからさ。少し付き合ってやってよ」


 周りがドン引きだということは柊には言わないでおいてやろうと、一人心の中で頷く。


「とか言って、楓っちは平気なの?」

「……何が?」

「桐島くん、元々結構人気あったのに、無口だから誰も近寄らなかったんだよ。それがじゃん、告る女子とか出てくるかもよ?」

「……えー」


 思わず渋い顔になった楓は、離れた場所にいる柊に視線を戻す。他クラスの女子が教科書を持参して質問しているようだった。


(告られたところで、フラれちゃうけどね、その子は)


 柊の咲に対する想いの強さは半端ない。今、慣れない親切を周囲に振りまいているのも、咲の練習台として、だ。告白したところで断られる運命にある女子の気持ちを想像すると居た堪れないし、柊が相手を傷つけずに上手にふることが出来るとも思えなかった。結局、しばらくしたら柊の評判が下がるだけなのではないだろうか。


(なんか余計なこと言っちゃったのかな、ウチ)


 楓は少なからず反省しかけていた。


「んー、まあ、大丈夫だと思うけどね! あんたの彼氏は」


 友人は楓の渋い表情を見て、違う方向へ解釈したらしく、慌てて言い訳めいた励ましを言って逃げるように去って行った。

 残された楓は、時間差で疑問がわいた。


「……彼氏?」


 

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