第191話
『ちゃんと柊くんに相談する。よろしくね』
家に帰ってからも、咲のその一言を何度も反芻し続けている。
力になりたい、など、具体的な方法は何も考えていなかった。気持ちしかなかった。
それでも、咲は理解してくれた。
今まで必死に隠してきたことを、全て話すことも出来た。
事前に考えていたよりもぶちまけてしまった感が無きにしも非ずだが、それも咲は否定も非難もしなかった。柊の不安も理解してくれた。
そして何より、頼ってくれた。
好きな人から頼られることが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。
やっと、自分が本当に求めているものが分かった気がした。
胸の底の、もっと奥から力が沸いてくる。今だったらどんなことでも出来そうな気がした。
じっとしていられなくて、横になっていたベッドから勢いよく起き上がる。丁度そのタイミングで、ドアをノックする音がした。
「柊さん、夕ご飯、出来ましたけど……」
福田の無感情な呼び声だった。いつもなら『要らない』とドア越しに返すだけだったが、ぐっと腹に力を込めて立ち上がり、ドアを開けた。
向こう側には、福田の驚き顔があった。
「食うよ」
「……え?」
「なんだよ、俺の分ないのかよ」
「……っ、あ、あります、もちろん」
柊は小さく頷き、福田の横を通り過ぎて階下へ降りる。既に食卓についていた父すら、びっくりしたように見上げてきた。
(たかがメシ食うだけでそんなに驚かなくても……)
バツが悪そうに顔を背ける柊に、忠道は微笑みかけるだけで、それ以上は何も言わなかった。
◇◆◇
「違う、そこはオイラーの公式を使って……」
「あ、そっか、なるほど」
「ねえ桐島くん、こっちは?」
数学の小テストの後に、たまたま前の席の男子生徒に間違えた問題について聞かれ説明していたら、他のクラスメイトからも質問が相次いだ。
気が付けば、放課後、柊の周りに人だかりが出来ていた。
「なー桐島、お前古文も得意?」
「あ、私も聞きたいー」
あちこちから飛んでくる質問や相談に、慣れないながら応えている柊を、楓はナゾの生物を見つけたように凝視していた。
(なんじゃありゃ……なんでこんなことになってる)
普段の柊なら相談に乗るどころかスルーだ。良くて教科書を開いて場所を指で指すくらいが関の山のはずだ。
それが、相手の理解度に合わせて説明を繰り返している。しかも色んな教科で。
意外を通り越して、今年一番のびっくりニュースだが、びっくり度を分かち合える人間がいない。それほど柊の周りには普段誰もいなかった。
しかし、悪いことではないのだけは確かだった。
(ウチの教育のタマモノかねぇ)
満足げにうんうんと頷く楓を、柊はチラリと見遣る。何か勘違いして悦に入っているのだろうと思うと、飛んでってひっぱたいてやりたい気もしなくはないが、生憎今は忙しい。
(あんにゃろ、帰ったら覚えてろ)
◇◆◇
「んぎゃ! 柊がいる!」
「……俺ん家だ」
「楓さん、お味噌汁です、熱いですよ」
いつものようにいつもの如く、平日の夜、楓は桐島家の夕食の卓にいた。
平日は不在の桐島と、部屋から出てこない柊に代わって福田の料理を食べるのが自分の役目だと思っていたのだから、驚くのは当たり前だった。
「ウチすごくない?!」
「なんでお前が威張ってんだよ! 学校でも!」
「だって、ウチが色々やってあげたからじゃーん、柊がこんなにいい子になって。よーしよしよし」
「って! 頭触んな!」
よしよしと言いながら、楓は柊の頭を撫でまわしぐしゃぐしゃにする。振り払いたいがなぜか力が強くしつこいので離れない。テーブルには料理が並んでいるので暴れるのも危険だと判断し、仕方なく楓を放置する。
「……いただきます」
「ちょ! 福田さん聞いた?! 柊がいただきますって言った!」
「うるせーよ! お前もとっとと食え!」
この家に来て初めてと言っていいほど、明るく賑やかな夜に、福田は自然と笑みがこぼれていた。
昨日から、柊のために作った分を捨てずに済んでいる。
ただそれだけなのに、信じられないほど充実した気分だった。
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