第190話
今頃になって、宗司から聞いた話、今柊から聞いた話の本当の意味を、咲は理解した。
そして、自分が一番してはいけない間違いを犯していたことも。
「だから、もしあの人が咲さんに意地悪とかしてきたら、って……、咲さん、聞いてる?」
「……え? あ、うん、ごめん」
「……もう、いやになった?」
「いや、って?」
「俺、最低だよね……。咲さんの役に立ちたいとか言っておいて、逆に足引っ張ってるかもしれないなんて……」
先ほどの剣幕はどこへ、急に柊がしょんぼりと下を向いてしまったことで咲は慌てた。そんなことない、と駆け寄って慰めようとして、伸ばした手が止まってしまった。
「柊くん、顔上げて」
すう、と一つ息を吸ってから、咲は柊に声をかける。
「嫌になんかなってない。本当だよ。きっとすごく話しづらかったよね。でも私のために頑張ってくれたんでしょ。ありがとう」
柊は恐る恐る顔を上げる。目に映った咲はいつもと同じに見えて、少しほっとする。
「柊くんの心配なら、今のところ大丈夫。関わってるって言ってもプロジェクトで週一回打ち合わせするくらいだし」
「俺が言えた立場じゃないけど、本当に気を付けて欲しい。あの人は……きっと怖い人だ」
以前、偶然街で遭遇した時の恐怖が甦る。具体的に何をされたわけではないのに、獲物をみつけた蛇のような目が忘れられない。
「うん、ありがとう。大丈夫、相手も女性だし、最近は他の人も一緒に打ち合わせしてるし、仕事の話しかしてないし、万が一困るようなことがあっても宇野さんもいるし」
安心しかけたところで、最後の一言で柊は再びムッとする。
「宇野、って、あのおっさんだよね……。あの人を頼るんだ」
「おっさん、って……。だって上司だし、そもそも宇野さんと小出社長が知り合いで始まったプロジェクトだし」
「そうなの?! じゃあ咲さん関係ないじゃん、おっさんに仕事変わってもらえばいいのに」
「私からやりたいって言ったの。だから今更そんなこと出来ないよ」
柊を宥めつつ、そういえばプロジェクトの主担当として自分を指名してきたのは小出沙紀のほうだったと、話しながら思い出した。何故自分なのだろう、と疑問に思っていたことも。
(そうか、そういうことだったんだ……)
「うん、分かった。気を付ける。仕事はこのまま続けるけどね」
「……本当に? 大丈夫? 咲さんって、なんか危なっかしいよ」
「ええ? ひどいなー、これでも大人だよ?」
「分かってるよそんなの」
分かりすぎるくらいわかっている。だから自分はこんなにもたもたしているのだ。もし自分と咲が同年代なら、もっと問題は簡単だった。要らぬ横やりが入ることも、無駄に楓や父の手を借りる必要だってなかったはずだった。
「分かってる、咲さんは大人だよ、俺なんかよりずっと。でも……、言ったよね、咲さんの役に立ちたいって。それにこれは、俺の責任でもあるんだ。何もないならそれでいい。でももしほんの少しでも困るようなことがあったら、俺に話して。役に立てないことも……多いと思うけど」
『あんたの役に立ちたい、なんていいじゃないか。その子は自分で大きくなる方法を知ってるんだよ』
昨日の田村の言葉が甦る。
自分が誠と混同していた柊は、本当はそんな小さな子供ではないのだと、あともう少しで一人前の大人になる年齢に差し掛かっているのだと、受け止め直す。
(私に出来ることは、この子を子どもに戻すことじゃない。その変化を受け止めて手伝うことだ)
「わかった。ちゃんと柊くんに相談する。よろしくね」
「っ、うん!」
「じゃあ、食べよっか。って、冷めちゃったね、温め直してくるから待ってて」
「手伝う! そうだ、親父に金貰ったからケーキ買ってきたんだよ。それも食べようね」
「すごい量になっちゃうね……。楓ちゃんも呼ぼうか」
「……今日くらい止めて」
すぐに楓を混ぜようとする咲に、それが優しさだと分かっていても、柊はへそを曲げずにはいられなかった。
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