第186話

 時間が遅かったせいか、意を決してかけた電話は繋がらなかった。

 しかし柊は、少し安心していた。

 楓の勢いに負けた手前掛けてみたが、何をどういえばいいのか考えてなかったし、楓がいる前で小出沙紀のことを話すのもまた、躊躇われた。


(こいつにも、出来たら知られたくないんだよな)


 楓に対して今更格好つけたいとは考えていない。ただ、失望されるのは嫌だった。


 着歴に気づかないはずはないだろうが、その夜、咲からの折り返しはなかった。


◇◆◇


(やばい、気になって何にも頭に入らない)


 昼休み、昼食をとる気も起きずに自席でスマホを眺める。

 折り返しの電話どころかメッセージも来ない。こちらから送ればいいだけなのだろうが、しつこいと思われるのもまた怖かった。


(マジで俺、避けられてるのか?)


 一番考えたくない事態だからこそ、一足飛びに想像がジャンプする。楓の言う通り咲に限ってそんなことはないはずなのに、不安が思考の合理性を奪っていく。

 もしかしたら、既に小出沙紀から何か聞いているのかもしれない。そのせいで自分への不信感が生まれて、電話に出たくない、連絡も取りたくないと思われているのかもしれない。


(それよりも、絶対考えたくないけど、俺の好きな相手があっちだとか思われたら……)


 とんでもない誤解だったし、誤解でもそう思われるのは耐えられなかった。

 考え続けている間も、時間は経っていくがスマホは沈黙したままだった。


「おいこら、まだうだうだしてんの?」


 真上から声が降ってくる。学校内で柊に無遠慮に声をかけるのは楓しかいない。しかも昨日色々話した後だから、隠す気も起きない。


「咲さん仕事中なんだから、連絡無くても仕方ないじゃん」


 向かいの席に座って、持っていたランチボックスを開き、勝手に食べ始める。そうだった、そんなことすら考えが及ばなかった。


「でも会社つったって昼休憩くらいあるだろ」

「手が空いたらいの一番に連絡してくれなきゃおかしいって? そんな、緊急事態でもあるまいし」

「俺にとっては緊急事態なんだよ!」

「だったらまたかければいいじゃん。つか、咲さんの昼休憩って今なの?」

「……知らない」


 柊の素直な回答に、また大きくため息をつきながら、楓は新しいおにぎりを柊の口に突っ込んだ。


「じゃあとりあえず仕事が終わるまで待ってみれば?」

「(もぐもぐ)それでもかかってこなかったら?」

「そしたらもう一度かけるとか」

「そんで、出てくれなかったら?」

「留守電? じゃなかったらメッセージ?」

「電話より無視される率、高くね?」

「無いと思うけどねー。まあそんときはこの楓様がなんとかしてやるよ。ビビりなあんたの代わりに」

「……頼むわ」


 結局最後は楓に頼っていることに、またも落ち込む。現実として楓に動いてもらう必要が起きないよう、自分で頑張るしかないと、柊はやっと腹をくくることが出来た。




 何やら顔を突き合わせて親密に話し込む二人は、クラスメイトからどんな噂を立てられているかなど、どちらも想像だにしていなかった。


◇◆◇


『随分と仲が良さそうね、あのは』


 名乗りもせず、いきなり話し始める時はイライラしている証拠だと、今は分かっていた。

 宗司は面倒そうにスマホに耳を傾ける。返事をしなくても、沙紀は勝手に話し続けていた。


『どうにかするって言ったじゃない。あれはなんだったの?』

「動きましたよ、俺なりにね」

『じゃあまるで効果が無かったのね。無駄だったってことじゃない』


 わざと怒らせようとしてるのか、癇に障る言い方だった。宗司としては、沙紀のために二人の間に割って入ったわけではない。宗司は宗司の理屈で、あの二人を引き離したかった。だがそれは、沙紀が望む形ではないはずだった。


「何をそんなにイラついてるんです」

『父親とも懇意だなんて、大人しそうな顔して策士なのね、あの女。柊くん、騙されてるんじゃないの』

「親父さんまで騙すメリット、ないでしょう、あの人には」


 どうしても咲を悪者にしたいらしい沙紀の言い分に、さすがの宗司も苛立ちを隠せない。


(いい加減、邪魔になってきたな)


 まだ咲を悪し様に言い募る電話を、デスクに放置して新しい煙草に火をつけた。

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