第184話

「どういうことだい?」

「……知り合いの子、高校生の男の子なんですが、とてもしっかりしていて、頭も良くて。でも、お母さんがいないまま育ったので、どこか殻に閉じこもっているように見えるんです。そうしたらその子のお父さんから、彼が成人するまでの間に、人に甘えることを経験させたいと相談されました。その方がおっしゃるには、その子が私には甘えることが出来ているように見える、と」


 自分もそれに同意していた。頼って甘えてもらっているのだと。しかし勘違いだったのだろうか。


「でもその子から、逆のことを言われたんです。私の役に立つことがしたい、って」

「……ほう」

「まだ高校生ですし、甘えることを経験させたいというお父さんの気持ちもよく分かるんです。けど……彼自身が望んでいるわけではないのだとしたら、どうしたらいいのかな、って思って」


 手の中で湯呑みを遊ばせていた田村は、一口飲むと、ふう、と息をついた。


「なんであんたらはその子を甘えさせたいんだい?」

「お父さんがおっしゃってたんですが、器用貧乏というか、大抵のことは自分で出来てしまう子なので、人を頼ることを知らないまま大きくなってしまったと。高校生くらいまでは持ち前の器用さで乗り切れても、大人になったらそれだけでは通用しなくなる、人に頼ることが出来ないと、潰れてしまうのでは、と」

「じゃあ、その時に支えてあげればいいんじゃないのかい?」


 さらりと言われた言葉で、咲は驚いて目をぱちくりさせる。


「転ばぬ先の杖なんて、転んでみないと有難みはわからんものさ。とりあえず転ぶまで見守ってやればいい。放っておいても勝手に立ち上がるかもしれんし、そうでないなら手を貸してやればいい。違うかい?」

「その時に……」


 田村はよいしょ、と声をかけて立ち上がると、麦茶の入ったポットと、咲の手土産を移し替えた器を持って戻ってくる。トポポ、と音を立てながら、咲のグラスに茶を追加した。


「転んだことに誰にも気が付いてもらえないのは寂しい。ただ、その子には父親とあんたがいる。しっかり見てておやり。見ててやるからやってみろ、と言ってやるほうが、その子には力になるんじゃないかねぇ」


 咲の中で、田村の言葉と柊の顔が交互に入れ替わり混ざり合う。

 そして、柊の言いたかったことの意味が、理解出来たような気がした。


「その子の様子をじっと観察してご覧。言葉に出来ないことっていうのは意外と多いもんだ。先入観なしに、そのままの姿を見ていると、今まで見落としていたことに気づくかもしれん」


 そして、またよいしょ、と言って、今度は縁側に降りた。大きな竹籠を抱え、畑になっているナス、トマト、きゅうりを次々ともいでいく。

 戻ってきた籠の中には、スーパーでは見られないようなつやつやとした野菜が山盛りになっていた。


「こいつらも、勝手に大きくなったんだ。途中で私が虫を取ったり肥料を足したりしたけどな。でも大きくなれ、なんて一度も言ってない。放っておいたら大きくなりよった」


 色鮮やかなとれたての野菜は、さっきまで浴びていた太陽のせいか、触るとまだ熱を持っていて、まるで生きているようだと思った。


「甘えさせ方がわからんのやったら、まずはその子を良く見てみることだ。言いたくても言えないことや、自分でも言葉に出来ない何かに気づかせてやって、必要な栄養を与えてやることが、そばにいる大人の役目じゃないのかね。あんたの役に立ちたい、なんていいじゃないか。その子は自分で大きくなる方法を知ってるんだよ」




 帰り道は、田村が持たせてくれた土産で大荷物だった。重かったが、これをどうやって料理しようか、それを柊は喜んでくれるだろうかと考えると、袋の中の野菜が愛おしく思えるほどだった。

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