第169話

 日曜に別れて以来、宗司は咲と連絡を取っていない。そして、柊とも。

 柊が咲の知らないところでしていたことを聞いて、あの咲が衝撃を受けないはずはない。というより、二人の関係性を変化させようとしてあえて話したのだ。柊が自ら咲に話しているはずは無いと予想して。そこは当たっていたらしい。

 そしてその先の展開も、自分が想定している通りに進んでいるのだとしたら、恐らく咲はもう柊と会うことはないだろう。咲から連絡をもらえない柊もまた、自ら会いに行くことはしないだろう。

 自分が知る咲と柊は、そういう人間だった。


 ただそれでも、確実とは言えないのが人間だ。このまま成り行きを見守ろうか、もう一押ししようか迷っていた。


 煙草が切れていることに気づき、買いに出ようと腰を上げたところで電話が鳴った。


「はい」

『あら、今日はすぐに出たわね』


 名乗らないが、声の主が誰だか分かった。宗司は軽くため息をつく。一度相手をしただけで馴れた態度を取られるのは宗司の好みではなかった。小出沙紀のこういうところが、柊のかんに障るのだろう。


「出掛けようとしてたんですよ。ご用件は?」

『冷たいわね。儲けにならなければ話もしてくれないの?』

「ご機嫌ななめですね。俺では役不足なら、切りますよ」

『待ってよ……。機嫌が悪いのはそっちじゃない。ねえ、あれからどうなったの?』


 沙紀が指しているのは、無論柊と咲のことだ。咲の会社に手を回して彼女と仕事上でのつながりを作ったと聞いた時、『自分に任せて欲しい』と言って沙紀の動きを止めてもらっていたのだ。


「効果出てると思いますよ、多分……」

『曖昧ね。確かめてないの?』

「まだ日曜のことなんでね」

『……ねえ、今日は?』


 宗司は疲れを感じながら時計を見る。これからコンビニで煙草を買ってきて、ここで一服してから沙紀が指定する場所へ向かうための時間を、かなり嵩増しして計算した。


「……八時頃なら」

『いいわ。じゃあ、と同じところでね』


 出来れば外で会いたいと思った自分の思惑は外れたようだった。


◇◆◇


「すごい本読んでるのね、宇野さんに言われたの?」


 昼休みに勉強しながら昼食を取っていると、久しぶりに下田から声をかけてきた。驚いたのと嬉しかったのとで、咲は慌てて姿勢を正して彼女に向き直る。


「いえ、ちょっと新しい仕事で必要かな、って思って読んでるんです」

「それって、この前来てた派手な女社長?」


 ストレートな表現に、咲は目を丸くするが、確かにそう表現されてもおかしくない沙紀の容貌を思い出し、気が付けば吹き出していた。


「ごめんなさい、つい……。そうです、昨日あの方と打ち合わせして、少し勉強したほうがいいかなって思って」

「忙しそうね。でも期待されてるんだから、頑張るしかないわよね」


 多少語感に棘を感じなくもないが、そのまま隣に腰を下ろして食事を始める様子を見ると、以前ほど自分を避けているわけではないようで、咲は嬉しくなった。


「そうですね、宇野さんに頼ってばかりもいられないので、頑張ります」

「また考えなしに残業して休んだりしないでよね、迷惑なんだから」

「それはもちろん……」


 言いかけて、その件も棚上げされていたことを思い出す。小出沙紀の社とのプロジェクトを進めつつ、今までやっていた宇野の秘書業務をどうすべきか考えなくてはいけなかった。

 問題は、昨日のように自分が社内にいない時だ。基本、宇野は外出が多い。それを社内に居てフォローするのが自分の仕事だが、プロジェクトが進行している間は外出が増える可能性がある。

 咲は思わず、下田をじっと見つめた。


「な、何よ……」

「あの、少しご相談したいことが……」


 今度は下田が驚く番だった。


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【蛇足】

ちなみに咲が勉強しているのはマーチャンダイジングについてです。



 

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