第162話
驚いて呆然とした咲を見つめ続ける。育ちのいい、普通の男の子だと思っていた柊が、実は風俗まがいのバイトをしていたと知ったら、咲はどう出るだろうか。
宗司はある程度の予想をつけながら様子を見ていたが、咲の表情に変化が現れた。
「そう、だったの……」
咲は、初めて会った時の自分達を思い出していた。
マコトと名乗った見知らぬ少年、話が弾むかと思った途端、拒絶され、貧血を起こした自分をホテルで介抱してくれた。
考えてみれば、高校生にしては色々物慣れていた。親切心から頑張ってくれた成果ではなかったのだ。
「咲さん、あまり驚かないんだ」
揶揄も含めて宗司が問いかけると、咲は顔を上げて二三度瞬きした。そして微かに頷く。
「驚いてるよ、でも……、納得した部分もあるっていうか」
「あいつがホストやってたこと?」
「それは……、まだよく分からないけど」
「何をしていたか、想像出来ないんだろ。そうだよね、咲さんには縁がないもんな」
無論、咲が柊の客であるはずはない。柊の相手は全て自分経由で選別した客ばかりだ。万が一咲が自分の会社を利用しようとしても、自分以外の男に割り当てたりしない。
「今も、やってるの? その、柊くん、アルバイトを……」
「受験が終わるまでは休ませてる。元々小遣いに困るような家じゃないし、あいつは」
咲は頷く。そうだ、柊は金のかかる遊びが好きなわけでもなく、恐らく父からは十分な小遣いをもらっているだろう。なのに、なぜ。
「理由が知りたい?」
「え……」
「柊がこんなバイトををしてる理由だよ」
咲はしばし考えこむ。だが、ここまで来て知らなかったことには出来ない、柊の全てを知った上で受け止めようと思い直した。
「うん」
「さすがだね、今、柊のために腹くくっただろ。……あいつはね、母親を憎んでるんだよ」
言いながら、身を乗り出して咲を睨みつける。この事実に咲が耐えられるだろうか、と。耐えられないなら今すぐ柊から手を引け、と言うように。
「当然だよな、あいつには何の落ち度もないのに、捨てられたも同然だ。あいつも一度も会いたいと思ったことはないと言うが、それもどうだろうな。ガキの頃は違ったかもしれない。でもお袋さんのほうは、会いに来るどころか手紙も電話も寄越したことが無いらしい。ただの離婚より始末が悪い、あいつは母親に切り捨てられたんだよ」
宗司は畳みかけるように柊の気持ちを代弁する。しかし半分は、自分の心情も重ねていた。
乳児と呼んでもいい頃に母に見捨てられた柊と、突然咲と縁が途切れた自分。これだけ近くにいながら、柊と繋がっていながら、母代わりを名乗るほど親しくなりながら、自分には何の便りも無かったのだ。
しかし恐らく、それに咲が気づくことは無いだろうということも、宗司は分かっていた。
言い終わると、急に口の中が苦々しく感じて、宗司は店員を呼んで飲み物のお替りを頼んだ。
「咲さんお替りは? 紅茶、冷めてるんじゃない」
咲は黙って首を振る。顔が下を向いているので、表情は見えない。だが仕草から、力は感じられなかった。
「……お母さんを、憎んでるから、そのアルバイトを?」
「一番身近なはずの女性に捨てられたんだ、女性って存在全てに心を開けないだ」
「でも、だったら……」
ホストなら、当然相手をするのは女性だろう。嫌っている対象をもてなしたり出来るものだろうか、と疑問を感じる。
しかし宗司は、そこに咲の認識の浅さを感じた。
「嫌って、蔑んでるから出来るんだよ。金払わせて女抱くんだからな」
それは自分も同じだった。咲が消えてから、実母も含めて女全般が信用できなくなっていた。商売が繁盛すればするほど、自分の体に傷が増えていくような気がしていた。
「そこまで母親を憎んでるあいつの母代わりなんて、本当に務まるの?」
まだ咲は顔を伏せたままだった。宗司は自分が、咲を守りたいのか傷つけたいのか、分からなくなっていた。
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