第161話

 何度か呼び出し音が鳴って、止まり、また鳴ってを繰り返していたが、どうしても応答する気になれず、咲は宗司からの電話を無視し続けた。

 最後の呼び出し音が止まってから十数分、もうかかってこないだろうとホッとして手に取った時、再び着信音が鳴る。ビクっとしたが、電話ではなくメッセージ受信だった。


『昼はごめん。でもちゃんと話がしたい。明日、また会って欲しい』


 咲は頭を抱える。考え事をし過ぎた疲労による頭重感かと思っていたが、本当に頭痛がしてきた。しかしこのまま無視し続けることは出来ず、気になることも残っている。

 迷ったが、了承の返事を送った。


◇◆◇


「部屋にはあげてもらえないんだ」

「……昨日掃除出来なかったから」

「ちゃんと片付いてたのに。散らかってても俺は気にしないよ?」


 外で待ち合わせをし、そのまま近くの喫茶店に入る。人気のカフェとは違い、咲達以外は一人で新聞を広げる老人しか客はいなかった。


(警戒されても仕方ない、か……)


 自業自得とはいえ、距離を開けられたことが淋しい。あんなことさえしなければ、と思いつつ、今は自分より柊のほうが咲と近しいのか、と実感し、悔しさもにじんでくる。


「聞きたいことがあって……」


 カチャリ、とカップを戻す音を立てながら、咲が話題を変える。


「柊くんのことって、何?」


 やっと咲が自分を正面から見てくれた。が、理由は柊だった。


「あいつがどうしたの?」

「昨日言ってたでしょ、柊くんのことで私が知らないことがある、って」

「ああ……」


 頷き、あえて焦らすようにゆっくりと煙草に火をつける。古いが故に今時禁煙ではない店に感謝した。


「聞きたいの?」

「だって」

「咲さんは、柊の、何? それが不思議だった。どこで知り合った?」

「それはまた今度話す。柊くんの話を教えて」

「どんな関係なのかも知らないで話せない」

「っ……、でも、気になるんだよ。それに私には責任があるから……」

「責任? 親でもないのに?」


 思わず漏れた言葉に、宗司は自分で『しまった』と後悔する。誠を喪った咲に対して『親』は禁句だったかもしれない。しかし宗司の心配をよそに、咲は微かな笑顔で頷いた。


「親じゃないけど、親代わりみたいなものなの。だから……」

「親代わり?」


 柊は驚いて咲の話を遮る。ただの知り合いかと思ったのに、そこまで親しいということなのだろうか。それとも。


「……柊がお袋さんいないのは俺も知ってる。親代わりって、まさか柊の親父さんと」

「ち、ちがうよ! 桐島さんとはそんなんじゃない。本当に柊くんだけのこと。母親代わりに、って頼まれて、だから……」


 咲は慌てて否定するが、宗司にしてみれば大して違いは無い。再婚ではないとしても、咲が仮にも誰かの『親』を名乗る役目を負っていることがショックだった。

 誠がいるのに。咲が柊の母代わりを名乗るのは、誠への裏切りのように思えた。

 一度は鎮まったはずの熱が、再び大きくなり始めた。


「母親代わり……、だったら、知っておいたほうがいいね」


 出来るだけ慎重さを装いつつ、笑い出したいような喜びを押し隠す。煙草をもみ消し、顔を上げて正面から咲を見据える。待ち合わせした時の青白さが嘘のように、生気を取り戻した顔色の咲が憎らしいほどだった。


「柊はね、俺の会社でバイトしてたんだ」

「アルバイト……?」

「ああ。出張ホストの、ね」


 咲は絶句する。ホスト、という言葉と、自分の中の柊が重ならない。

 宗司が言っているのは別人のことではないか、または嘘をついているのでは。

 しかし宗司が自分に嘘をつくはずがないこともまた、分かっていた。

 そして。


(あ……)


 初めて柊と会った時、彼が自分を誰かと勘違いして声をかけてきたことを思い出した。

 相反していたはずの、自分が知る柊と、アルバイトの内容が、音を立てて重なり合う。そして今まで見えていなかったもう一つの柊の顔が立ち現れた。

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