第147話
「じゃあ、先に咲さんのマンション回りますね」
「すみません、お手数おかけして」
首都高を降りて一般道を走り始める前に、忠道はカーナビをセットする。すでに咲の住所は登録済みだ。エンジンをかけ直そうとしたら、後部座席から柊が飛びついてきた。
「え? なに、咲さん帰っちゃうの?」
「ここからだとうちのほうが手前だし」
「三日もお付き合いしてもらったんだぞ、もう充分だろ」
「えっと……、でも、あの……」
柊はたじろぐ。当然のように咲も一緒に自分の家まで来るものだと思い込んでいた。咲が自分の家に帰る、それは我が家ではないのは当たり前なのに、自分でも驚くほど淋しさを感じてしまった。
「わがまま言うな。夏休み中のお前たちと違って咲さんは明日からまた仕事なんだから」
「ごめんね、また週末ね」
「……うん」
柊は諦めて座席に座り直す。単純に咲と離れるのが淋しいというのもあるが、まだやり残していることがあったのだ。出来れば父も楓もいないところで渡したい。どうして旅館を出発する前に思い出さなかったのかと後悔した。
「ねー、じゃあ咲さんのお家に着く前にお茶したいなぁ。おじさん、ダメ?」
「いや、でも……」
「大丈夫です。じゃあそうしようか、もう都内入っちゃってるからファミレスくらいしか無いだろうけど」
咲の了承が出たので、忠道はハンドルを切り、大通り沿いの目に付いたファミリーレストランの駐車場へ入った。
車を降りながら、楓が小さな声で囁く。
「寄り道してもらったんだから、ちゃんと渡すんだぞ」
えっ? と柊が思ったのも束の間、楓は先を歩く大人たちのほうへ駆けていく。驚いて立ち止まっていると、視界の中で咲が振り返った。
「どうしたの?」
「……え?」
「え? 楓ちゃんが、柊くんが呼んでるって言ったんだけど」
驚いて楓がいるはずのほうへ目を向けるが、既に父と店内に入ってしまったらしい。また助けられた、と思うと、チーズケーキくらい買っておけばよかったと少しだけ後悔した。
「柊くん?」
「あ、あのね……、これ」
ぐずぐずしている暇はない。手に持っていた紙袋をおずおずと差し出した。
「これ?」
「えっと、その……咲さんに……」
「……私?」
「ん……」
驚いて咲は目を丸くしている。当然だろう、柊がこの状況で咲に贈り物をする理由が無いのだ。そしてその理由を考えておくところまで、柊は頭が回っていなかった。
(ちきしょー楓の奴、どうせならそこまでアドバイスしてくれよ!)
お門違いな恨み節を心の中で楓に投げつける。そうしながらも、頭を高速回転させて、咲が受け取ってくれそうな理由を捻り出そうとしたが、どうしても思いつけなかった。
「……宿の土産もん屋で、売ってたから。その……咲さんっぽいかな、って」
「私っぽい?」
「あ、その、俺が勝手にそう思っただけだから……要らなかったら捨てていいし」
「何言ってるの」
慌てて袋を引っ込めようとした柊を、咲が押しとどめて自分から受け取った。
「柊くんからプレゼントなんて嬉しい。ちょっとびっくりしちゃった。中、開けてみていい?」
「え、こ、ここで?」
「だめ?」
「あ、じゃあ、うちの車の上で……」
真横にある車のボンネットを指さす。水平ではないから、滑り落ちないよう自分が気をつければいいだろう。
「わあ……綺麗」
「咲さん家に行くと、いつも紅茶入れてくれるから、使うかな、って思って……」
「嬉しい、ありがとう。でも二客あるのね」
薄いピンク色と、ブルー。二客のティーカップとティーソーサーを見つめながら咲が問う。柊は何も言えずに口ごもってしまう。
「じゃあ、このブルーのほうは、柊くんがうちに来た時用にしようね」
「……い、いいの?」
「もちろん。だって柊くんがくれたものなんだし」
無論柊もそのつもりで買って贈った。ただ、自分の口からは言い出せなかった。他の人に使われてしまう可能性も含みながら選んだのに、咲が自分と同じことを思いついてくれたことが、飛び上がるほど嬉しかった。
「じゃあ、次の週末」
「あれ、柊じゃん」
唐突に聞きなれた声で名を呼ばれ、柊は飛び上がるほど驚いて振り返る。
「え、あれ? 宗司さん?」
「なんだ、こんなところで会うなんてな」
柊は頷きながら、しかし宗司の様子がおかしいことにも気づいた。
柊に声をかけながらも、宗司の目は自分を通り過ぎていた。
視線を辿った先には、自分よりもっと驚いた顔をした咲がいた。
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