第148話

 咲は、突然現れた宗司に、時間が巻き戻ったような感覚を覚えた。

 最後に会ったのはまだ高校生だった。誠の葬儀に、制服で参列し、裏方や受付、親族の案内など、細々こまごまと立ち働いてくれた。

 しかし咲は呆然自失していて、碌に礼も言えなかった覚えがある。そしてそのまま、婚家とは縁が切れた。


「お久しぶりです、義姉ねえさん」


 あえて『義姉あね』と呼ぶ。本当は名前で呼びたかった。咲さん、と。しかし今は別の目的がある。


「おねえ、さん?」


 動揺が隠し切れない柊の呟き声に、咲は現実に引き戻される。やっと目の焦点が合った。息をするのすら忘れていたらしい。ひゅっと短く空気を吸い込んだ。


「……久しぶりね、宗司くん」

お会いするとは思いませんでしたよ」


 ぎこちなく頷きながら、咲は違和感を覚える。記憶の中にいる義弟は、こんな子だったか、と。


「え……宗司さんと咲さん、知り合い、なの……?」


 柊はやっとの思いで一番の疑問を口にした。二人が知り合いだった、しかも宗司は咲を義姉と呼んだ。しかし家族とみなすには無理があるほど、二人の間の空気はぎこちなかった。

 柊の頭の中は疑問符だらけだった。そしてより合わさった『?』マークが、次第に不安の形を取り始める。


 車のボンネットに広げてあった咲への贈り物のティーカップセットを、慌てて袋に詰め直す。小さく割れ物同士がぶつかる音が聞こえたが、配慮する余裕は無かった。


「……俺、先行ってる」

「まって、柊くん、私」

「悪いな、柊」


 早足で店内へ向かおうとする柊を引き留めようとしたが、反対側から宗司に腕を掴まれ、咲は動けなくなった。柊の姿が見えなくなるまで、宗司は咲を離さなかった。


「少しだけいいよね、


 振り返ると、昔よりずっと背が伸びて大人の顔つきになった義弟がいた。元、だが、咲にとっては『可愛い宗司』のはずだった。そう、今の柊のように。しかし成長した宗司は、立っているだけで咲を圧倒してきた。


「あの、お店の中に知り合いが待ってるから……」

「知ってるよ。皆で旅行行ってたんだってね」


 咲は驚きで返事が出来ない。何故そんなことまで、と。


「今日はもう引き留めないよ。でもまたゆっくり話がしたい。連絡先だけ教えてほしいな」


 にこりと笑ってポケットからスマホを出す。相変わらず言葉も表情も柔らかいが、ノーとは言わせない空気が、咲から選択肢を奪っていた。


◇◆◇


 咲をマンション前で下ろすと、三人になった車は家路をたどった。


「……渡さなかったの?」


 忠道には聞こえないよう、極力小さな声で楓が柊に問いかける。柊は、ほんの微かに頷くだけで、黙ったままだった。

 どうして、と問い続けることも出来ず、様子がおかしかった咲を思い合わせ、暗い予感が高まるのを押さえることが出来なかった。


◇◆◇


「おかえりなさいませ」


 三日ぶりに帰ってきた家主父子を福田が出迎えた。例の女も一緒かもしれない、と覚悟を決めていたが、家に入ってきたのは忠道と柊だけだった。


「ああ、ただいま。すみません、留守をお任せして。これ、つまらないですがお土産です」


 忠道が手に持っていた袋を差し出す。旅行に行けば土産を買ってくるのは大人としての礼儀の一つだろうが、咲が同行していないことも含め、心からの笑顔で受け取る。


「まあすみません、お気を使わせて。荷物はこちらで片づけますから、お二人はゆっくりなさってください」


 あえて明るく柊にも声をかけ、荷物を受け取る。その表情は何故か暗かった。何かを感じ取った福田は、二人に気づかれないよう小さく笑みを漏らした。


 黙って自室へ向かおうとする柊を忠道は下から見送った。途中まではあんなに楽しそうだったのに、と思うと、意気消沈した背中が残念でならなかった。


 

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