第146話

「やばーい、めっちゃ楽しかったー」


 買ってきた花火を全て消化し、全員で後片付けをしている間も、楓の余韻は中々収まらなかった。


「なんかお前、焦げ臭いぞ」

「え? ウソ、まじで?!」

「花火振り回してたから火の粉でも被ったんじゃねーか?」


 楓は慌てて服をパタパタ叩く。まさか燃えてることはないだろうが、灰が付いていてもおかしくない。言われてみれば何か臭いような気がしてきた。


「ごめん、ウチ、お風呂入ってくる!」


 そう言うと拾い集めたゴミを袋ごと柊に押し付けて、建物の中へ駆け込んで行ってしまった。


「あ、ちょっと楓ちゃん」

「慌ただしい奴……。咲さん、あいつはほっといて大丈夫だよ。そっちのゴミもここ入れて」


 柊はついでに全員の手からごみをかき集める。火消し用の水が入ったバケツは忠道が持っていた。


「じゃあ、親父とこれ片付けてくるから。咲さんもお風呂行っちゃっていいよ」

「まって、柊くん」


 歩き出そうとしたところで、咲から腕を掴まれた。ドキッとして立ち止まると、忠道がゴミを取り上げた。


「俺がこっちで片づけておくよ。咲さん、じゃあ」


 と言って忠道もいなくなってしまった。




 きっと一秒にも満たない刹那だったろう。しかし気が付いたら、周囲には誰もいなくて微かに虫の音が聞こえるだけの静寂だった。


「ごめんね、あの、実はもう一個あって……」


 言いながら、咲は掴んでいた柊の腕を離す。柊は名残惜しかったが、腕に残った感触をゆっくり味わいつつ咲へと向き直る。


「はい、これも私の趣味で選んだから、好みじゃなかったらごめんね」


 差し出されたのは、咲の両手に納まるくらいの大きさの包みだった。


「え……、これも、もらっていいの?」

「うん。使ってもらえると嬉しい」


 ドキドキしながらリボンをほどき、包み紙を取る。白い箱のふたを開けると、多角形にカッティングされたガラス製の置時計だった。


「楓ちゃんに毎朝起こしてもらってるって言ってたでしょ? 目覚まし時計があれば、自分で起きられるかなぁ、って思って」

「ま、毎朝じゃないよ! あいつ、たまに勝手に部屋に入ってきて、そんで俺が寝てると起きろーって騒いで、それで……」


 咲の勘違いを大慌てで否定する。起こして欲しいと頼んでるわけでもないし、当然毎朝でもない。毎朝起こしてもらうなら、咲がいいに決まっている。

 あわあわしながら言い訳する柊をみて、咲はクスクス笑う。若い人が朝寝坊なのは仕方のないことだ。それを指摘するつもりは無かったのだが、やはり柊は恥ずかしいのだろうかと想像すると、これにしてよかったと思えた。


「使ってくれる?」

「もちろん! すっごい嬉しいよ、俺、これ宝物にする!」

「大袈裟だよ、そんな高いものでもないし……」

「値段とかじゃないよ、俺、本当に嬉しいんだよ……」


 改めて手に持っているガラスの時計を眺める。様々な角度でカッティングされていて、月明りにかざすと不思議な色に輝いた。きっと部屋の中でも違う光り方をするのだろう。裏を見るとスイッチがある。目覚ましのアラームなど、普段は勝手に止まるまで放置しているが、咲からもらったものなら飛び起きられそうだった。


「気に入ってもらえてよかった。何か、ね、形に残るものを贈りたかったの」

「かたち?」

「思い出もたくさんできたけどね。記念になるようなものが欲しかった、っていうか……」


 記念、という言葉に、何故か柊は言い様のない心許なさを感じた。食事の時に『合格した時は』と言ってくれたのに、なぜかこれきり咲がまたいなくなってしまうような。何の根拠もないのに、と自分に言い聞かせても、少しも効果は無かった。


 腰掛けていたベンチに時計を置く。そして時計と同じようにそっと優しく、両腕を広げて咲を抱きしめた。

 昨日のような力づくではなく、絶対に傷つけたくない宝物のように。


 そんな柊の気持ちは、咲にも伝わったようだった。

 ゆっくりと柊の背に腕を回し、肩に顔を埋めるようにして目を閉じた。



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