第145話
「二人とも、お疲れ様でした」
一通り夕食が終わった後、頼んでいた通りに店員が二人にケーキを運んできてくれた。楓にはフルーツがたっぷり盛られたタルト、柊は甘さ控えめのチョコレートケーキ。それぞれに名前が書かれたプレートが乗っていて、更にレストランのサービスなのか、回りにクリームでデコレーションが施されていた。
「きゃあ! すごい、何これ!?」
「咲さんから二人にご褒美だ。遊びに来ているのにしっかり勉強していたから、とさ」
「驚かせたかったから、好みは聞いてないの。もし外してたらごめんね」
咲は、きゃあきゃあとはしゃぎ続ける楓と、じっとケーキを見つめて微動だにしない柊を見る。特に柊がまるで無反応に見えるため、徐々に心配になってきた。
「チョコレート、嫌いだったかな……。甘いものじゃないほうが良かった?」
「……柊?」
さすがに気になりだした忠道も声をかける。隣にいる楓が顔を覗き込むと、柊は放心状態でケーキを見つめていた。柊が何を感じているのか、なんとなく伝わってきた楓は、わざと話題を変えた。
「ねー写真撮っていい? ママに自慢する。あとSNSも載せていい?」
「もちろん。でもちゃんとお店で買ってきたって言っておいてね。私が作ったんじゃないから……。こんなの作れないし」
「えー、咲さんならチャチャっと作っちゃいそう。あ、柊のも撮っていいよね?」
あえて大きな声で話掛けると、ハッとしたように柊が顔を上げた。二、三度瞬きすると、『いいよね?』と念押ししてきた楓に、よく分からないまま頷く。
「あ、ああ……」
「あざーす。えーと、モードはこれでいいかな……」
スマホを持って立ち上がると、楓は上から横から斜めから、何十回もシャッターを切った。一つずつや、二つ並べたり、ケーキの向こう側に咲が写り込むような角度も試した。
「楓、それ、あとで俺にもくれ」
「言うと思ったよ。分かってるからまだ食べちゃだめだかんね」
コソコソ話す二人に、咲は照れ隠しも含めて催促した。
「あの、他にもあるから、食べちゃって?」
「えー、もったいないよー。でも他って? プリンとか?」
「ごめん、あとは食べ物じゃないんだけど……」
「お前、旅行来てから食ってばっかじゃん。さすがに太っただろ」
「なになにー、楓ちゃんのナイスバディ見たいの?」
「絶対見ねー」
気が付けば楓と言い合いになってしまう。向かい側では大人二人が微笑まし気に自分達を見つめていることに気づき、柊は言い合いから離脱した。
「咲さん、すごい嬉しい。ありがとう。でもまだ合格したわけじゃないのにいいの?」
「思いつきだし。もちろん無事合格した時は、もっとちゃんとお祝いしようね」
「やったー! ウチ頑張る!」
最後だけ割り込まれたが、そんなことは気にならなかった。また近いうちにこうして自分を祝ってくれるつもりだという。その咲の言葉を聞けただけで、何かが約束された気がして柊は満足だった。
二つ目は花火だった。もちろん手持ちの小さな花火。旅館の迷惑にならないような控えめな種類ばかりだったが、輝くような火花を見て歓声を上げている咲が無邪気さを滲ませていて、柊は花火よりもその姿に夢中になっていた。
「楓ちゃん、それは欲張りすぎ」
「いいじゃんー、ほらほら、五連発!」
「怪我しちゃダメよー」
両手に何本もの手持ち花火を持ってくるくる回る楓は、さしずめ人間ねずみ花火のようだった。周囲に人も草木もない場所を選んでいるとはいえ、足元は暗い。転んだりしないかと、咲でなくても心配するだろう。
「ここでケガして浪人しても、俺は知らねーからな」
「縁起でもないこと言うなー。柊なんかこうしてやるー」
そして空いた片手で柊の花火に水をかけて消してしまう。おい楓! と、ここでもまたじゃれ合いが始まった。
ベンチに腰掛けて花火を見つめる咲の隣に、忠道も腰を下ろした。
「想定通りになりましたね」
「はい……。でも良かった、いい思い出が出来ました」
咲の返答に、忠道は束の間ぎくりとする。しかし当人は変わらず笑みを浮かべたまま子どもたちを見守り続けているので、自分も同じように視線を戻した。
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