第144話
『旅行先でも頑張った二人に、ご褒美を用意しませんか?』
咲からの提案だった。宿代を忠道に負担してもらう代わりに、その代金は自分が持つということまで含めての提案だった。その点は若干揉めたものの、咲が断固として譲らないため、結局その通りとなった。
「しかし、二人が喜ぶこと、ですか……。何がいいですかね」
「午後は外へ出てしまいますし、出来れば旅館の中か、敷地内で出来ることがいいと思うんですけど」
「なるほど……」
と言いつつ、忠道はこれ以上の難題は無いと感じていた。一人は自分の息子で、もう一人は赤ん坊の頃から知っている友人の娘だ。なのに二人が何をすれば喜ぶのか、皆目見当がつかない。
「いやこれは困った。何も思い浮かびません」
「言い出しっぺは私なので、私が決めちゃっても大丈夫でしょうか?」
「もちろん。むしろそうしていただけると助かります」
「じゃあ……」
「柊、楓ちゃん。これからちょっと咲さんと出てくるけど、約束の時間までちゃんと勉強してるんだぞ」
二人が向かい合って勉強している部屋に忠道が顔を出す。告げられた内容を聞いて、即座に柊が反応した。
「咲さんと?! なんだよ、どこ行くんだよ」
「こら、いちいち目くじら立てるなって」
楓はいきなり詰め寄ろうとする柊の耳を引っ張ってまた座らせながら、忠道の了解のサインを出した。
「いってらっしゃい、気を付けてねー」
離せよ! と抗議する柊の声を背に、部屋の扉を閉める。忠道は笑いをこらえるのに苦労した。
◇◆◇
最初に向かったのは地元のケーキ屋だった。人気の避暑地だけあって有名パティシエの支店が軒を連ねる。今日の夕方には受け取りたいという要望を飲んでくれた店に注文して次へ向かった。
二軒目は車で少し走った。小さな工房に併設されているショップに入ると、店内の照明が反射して眩しいくらいだった。自分はセンスが無いから選べないとお手上げ状態の忠道を置いて、咲は二人分のプレゼントを購入し、ラッピングしてもらった。
三軒目は旅館の近くの小物店で間に合った。あまりうるさくならないものを数点買い揃える。ふと空を見上げると、目が開けられないほど強く太陽が輝いていた。雨は降りそうになく、満足して車に乗った。
「結局全部お任せしちゃいましたね」
「いいんです。連れて来てくださってありがとうございます。喜んでくれるといいんですけど……」
「あの二人が咲さんからの贈り物を喜ばないはずがないでしょう。はしゃぎすぎて他のお客の迷惑にならないか心配なくらいです」
特に楓ちゃんが、と付け加える忠道に、咲も同意して笑い合った。
◇◆◇
「ぎゃーー! やばいやばい! うおー!」
人一倍悲鳴を上げながら、しかし一番盛り上がってる楓の声が前後左右に響き渡る。
楓が真っ先に乗りたいと指定したのは絶叫マシン。咲は頑なに拒否し続けたが、
咲は遊園地など久しぶりだった。更に絶叫マシンなど、これが人生何度目か、という程度だ。本当は下で待っていたかったが、これも何かの縁だと意を決したのだった。
「うっせーぞ!」
「ぎゃー! だってだってー!」
柊と楓は叫びながらもケンカを止めない。後ろの座席に座ってる咲も忠道も、恥ずかしいやら楽しいやらで息をするのも苦しかった。
「次はあっちねー。今度は咲さん隣に座ろうね」
「次は俺だよ! お前は一人で回ってろ!」
「ちょっとまって、少し休憩させて……」
「大丈夫ですか? ……俺達はここで待ってるから、お前たちで行ってこい」
次から次へとスピード感満載のアトラクションをハシゴする楓に、さすがに咲もついて行けずに音を上げた。柊は一瞬不満を漏らしそうになるが、青い顔をしている咲を見て我慢した。
「じゃーいってきまーす! 来い、柊!」
「人を犬みたいに言うな! 親父、咲さん頼んだよ。あ、水買って来ようか。アイスとかのほうがいいかな」
「大丈夫だから、お前は行ってこい。呼んでるぞ」
まるで仔犬のように咲の周囲をウロウロする柊を、忠道は追いやる。楓は大声で叫ぶ、それに柊がまた言い返す。その様子を眺めていたら、咲は気持ち悪さもどこかへ消えてしまいそうだった。
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