第143話
「えー、今日も勉強しなきゃだめー?」
恨めしそうな表情で、楓は忠道を見上げる。可哀想だとは思うが、しかし『しっかり勉強もさせるから』と楓の両親と約束した手前、甘やかすわけにはいかない。
「ウチ行きたいとこたくさんあるのにぃ」
「このクソ暑い中どこ行くんだよ」
「サファリパークとか、遊園地とか?」
ほら、と差し出した手帳には、旅館周辺の人気観光スポットの名前や営業時間が手書きでまとめられている。『絶対』とか『二番目』とか、優先順位まで決めてあるらしい。
「しかしなぁ……」
うーん、と考え込む忠道に、咲が提案した。
「じゃあ、午前中だけ二人に頑張ってもらって、午後に少し出掛けませんか? 先に出掛けちゃうと午後眠くなっちゃうかもしれないけど、逆ならその心配もないでしょうし」
「まあ、咲さんがそうおっしゃるなら……」
いいでしょう、というより先に、楓が飛び上がって喜んだ。咲に抱き着いて感謝している。楓は背後で柊がムッとしているのを察知していたが、朝食時の仕返しとばかりに無視を貫いた。
「でも時間もそんなにないから、一か所だけにしようね。どこに行きたいかは楓ちゃんが決めておいてね」
「りょーかいです! ほら、柊行くよ! ベンキョーベンキョー!」
「引っ張んなよ、おい!」
柊を引っ張ったり蹴飛ばしたりしながら部屋へ戻って行く二人を見送りつつ、忠道が口を開いた。
「すいません、結局子守りに付き合わせてしまって」
「いいんです。すごく楽しいですから」
咲は心からそう思う。柊や楓の、思ったことをそのまま要求してくる様は実に子供らしいし、自分には出来ないことだから眩しくもある。せめて二人の望みをかなえてあげることで、自分の空虚さを埋めたかった。
「では、あいつらが勉強している間、私たちはどうしましょう」
「そうですね……、二人が勉強しているのに、私たちが遊んでるのも申し訳ないですし……」
そうだ、と咲が声を上げた。
「ご相談なんですが」
咲の提案に、忠道は二つ返事で了承した。
◇◆◇
「で、何にしたのよ?」
苦手の世界史を克服しようと、とりあえず参考書にだらだらとマーカーを引く。柊に『最低限覚えろ』と言われている個所だけでも、楓にとっては苦行だった。
「何、って」
「プレゼント」
楓は目だけ上げてニヤリと笑う。柊は一気に顔を赤く染めた。
「え? 何、そんなに恥ずかしくなるようなものにしたの? 教えろ、何をした!」
「なんもしてねーよ! つか咲さんへのプレゼントなんだからお前に教えなくてもいいだろ」
「プレゼントがアドバンテージになるって教えてやったのはウチだぞ。そのお礼に教えてくれたっていいじゃんー」
うっ、と柊は詰まる。確かにそれは自分だけでは思いつかなかった。だが見せたら楓がどんな反応をするかも想像出来て、答えに窮してしまう。
「……あとでお前が咲さんに聞けよ。きっと教えてくれるから」
どうしても自分からは言いたくなかった。何度も店の中を往復し、悩んで恥ずかしさと戦って買ってきた贈り物だ。笑いものにされたくなかった。楓が心底バカにすることは無いと分かっていても。
そして柊は、その後は楓がどう突いても勉強の質問以外は答えてくれなかった。楓も諦めて参考書と向き合う。結果、普段の何倍も勉強がはかどったのだった。
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