第142話

 翌日の朝食はビュッフェを選んだ。忠道と柊父子は先に到着して女性陣を待っていたら、まだ目が半分開いていない楓を連れた咲がやってきた。


「おはようございます。すみませんお待たせして」

「おはよう咲さん。どうせ楓が起きなかったんだろ? いいよ」

「うー、柊より寝坊とか不覚ー。いつもウチが起こしてやってるのにぃー」

「あら、そうだったの?」

「ちがっ……、おい、いつもってことないだろ、たまにだろ!」

「それでも起こしてもらってるんだな……。楓ちゃんいつもありがとう」


 ぐぬぬと歯を食いしばる柊と、イエーイとピースサインを返す楓。力関係はどうやっても覆せないらしいことが、咲の目にも明らかだった。

 先に歩き出していた忠道にくっついて、楓は早速トレイを手にメニューを物色している。それを後ろから睨みつける柊の背を、咲はポンポン、と叩いた。


「柊くんも行こ。和食と洋食、どっちがいい?」


 促されて気が付いた。今、自分は咲と二人だった。それすら楓の気遣いの賜物なのだが、柊は気づく余裕は無かった。


「咲さんは? 俺、咲さんと一緒にする!」

「ええ?! 好きなもの食べればいいのに。こんなにたくさんあるよ」


 言いながら、咲はスクランブルエッグやソーセージを皿に取り置く。早速柊は同じメニューを、量を少し増やして真似しながら付いて行く。


「咲さん、朝はパン派?」

「んー、気分によるかな。昨日は夜たくさん食べちゃったから、軽めにしておこうと思って。ご飯って重いでしょ」

「重い? 俺にはよくわかんないけど……。え、それで足りるの?」

「私はね。柊くんはそれじゃお腹空いちゃうんじゃない?」


 見れば咲が選んだメニューとほぼ同じだった。しかし頑なに首を振る。


「いいんだよ、俺はこれで。腹減ったらなんか食うから」


 そしてトレイを片手持ちにして、空いた手を先の背に回し、テラス席へ誘導する。


「あれ? 楓ちゃんたちあっちだよ」

「でも外のほうが気持ちよさそうだよ。ほら、いこう、ね?」


 でも、と楓達のテーブルを振り向こうとする咲を、ほとんど力づくで別席へ連れて行く。二人きりで朝食を取るというのも、父や咲が求める『ワガママ』の一つとして許してもらおうと思った。




「あーあ、柊に咲さん取られちゃった」

「仕方ないなぁ、あいつは。ごめんな、許してやって」

「全然いいよー。これでまた柊をいじって遊べるし」


 いっただきまーす! と元気な掛け声と共に、楓はいきなりデザートのプリンにかぶりつく。忠道は先にコーヒーに口をつけながら、友人は自分の娘をどうやってこんなにいい子に育てたのだろうかと、感心するばかりだった。


◇◆◇


 宗司はしばらく見ていなかったアルバムを開いていた。

 まだ自分は制服を着ている。高校に入学したばかりだった。兄の結婚式なんて気恥ずかしいだけだから行きたくないと直前まで駄々をこねたので、制服でいいから、と母に言われ、無理やり参列させられた。


 真っ白な燕尾服の兄は、今見ても間抜けなほどの満面の笑みだ。隣にいる花嫁は、それに比べるとかなり控えめな微笑みだった。しかし、純白のウエディングドレスよりもダイヤのティアラよりも輝いて美しく見えた。


 兄夫婦にとっては記念すべき日。しかし宗司にとっては、初恋の人との、いわば永遠の別れの日のように思えた。目の前で恋する女性が他人と永遠の愛を誓い合う場面なんて、誰が見たいと思うだろうか。しかしそんな本心は誰にも言えない。


 控えめな笑顔に、指先でそっと触れる。今、こんな状況になると知っていたら、あの日、結婚式をぶち壊してしまえばよかったと、何度思っただろうか。


「咲さん……」

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