第134話

(なんで咲さんが助手席なんだよ……)


 忠道の提案で急遽決まった二泊三日の旅行。さほど遠方でもなかったこともあり、旅行先での利便性も考慮に入れて、車での移動となった。

 しかし。


「途中で運転代わりますね」


 という咲の申し出のせいもあり、咲の座席は助手席となった。


(なんか……親父と並んでるの、ムカつく……)


 運転しながらエアコンの操作や道路状況について楽し気に会話を交わす様子を、後部座席から苦々しく見つめる。これではまるで、二人が夫婦のようではないか。


「男の嫉妬は見苦しいぞ」


 ため息をつきながら、早くも菓子の袋を開けてながら楓が隣から諫める。


「仕方ないじゃん、おじさん一人でずっと運転するのも大変だし、ウチら免許持ってないんだし」

「……うるせーな」


 真っ当な指摘に何も言い返せず、悔し紛れに袋に手を突っ込んで菓子をつかみ取る。あーっ! という楓の抗議に、びっくりしたように振り返った咲が、一目で事態を把握して弾けるように笑った。


「私も一つ頂戴」


 叱られるかと思ったら、手が伸びてきた。楓より先に自分が掴んだものから二つ取って、咲の手に乗せる。


「ありがと」


 そう言ってふわりと微笑んだ。それだけで幸せを感じてしまう自分に気恥ずかしくなる。

 しかし次の瞬間、咲が手ずから菓子を父の口に入れている様子が目に入り、さっきとは比較にならないくらい落ち込んだ。


◇◆◇


「ねー、どこかでご飯食べよーよー」


 ずっと菓子をつまみ続けていたはずなのに、最初に空腹を訴えたのは楓だった。運転席の忠道が、前を見ながら頷く。


「そうか、もう昼だね。じゃあ次のパーキングエリアに入ろうか」

「やったぁ」

「あ、お昼なんですけど」


 忠道と楓の会話に、咲が手を上げた。


「私、お弁当作ってきたんです」

「え? そんな、すみません」

「ほんとにー?! すごーい、じゃあパーキングエリアじゃないほうがいいかな」

「そうだね、一旦高速降りて公園でも探そうか。柊もそれでいいだろ?」


 何も言葉を発しない息子が気になり声をかけるが、返事がない。再び口を開きかけたところで、楓に止められた。


 柊は、ドアに寄りかかるようにぐっすり眠っていたのだった。


◇◆◇


「すっげー……。咲さん、これ全部作ったの?」


 咲が広げた弁当は、おにぎりや卵焼き、一口グラタン、唐揚げなど、定番メニューだが色とりどりバラエティに富んでいて、見ているだけで楽しかった。


「作りすぎちゃったかな……。残ったら捨てていこうね、腐っちゃうし」

「残さない! 俺が全部食べる!」

「おい、ウチもお腹空いてるんだってばー」


 記念に写真に撮っておこうと思った矢先、あっという間に楓が巻き寿司を取り上げた。あー! お前! と、先ほどの車内とは逆の争いが始まった。

 自販機でお茶を買って戻ってきた忠道が、後ろから一発ずつ小突いた。


「静かに食べなさい、なんだいい年して二人とも、みっともない」


 怒られてしゅんとする柊達を、咲は目を細めて見守る。これはまるで。


「柊くんと楓ちゃん、兄妹みたいね」


 と、思わずつぶやいた。

 幸せな家族の構図そのままで、温かい何かが込み上げてくるのと同時に、果たして自分はここにいていいのかと、咲は、許されない真似をしているような後ろめたさも忘れていなかった。


(こうなることを望んでいたのに、現実になると逃げだしたくなる)


 以前、楓に言われたことを思い出した。

『もっと自分を大事にしろ』と。

 柊に『もっと甘えて欲しい』と言いながら、自分は自分を甘やかすことが出来ない。そんな自分が彼に大事なことを教えられるのか、急に不安になってきた。


「それって、もちろんウチがお姉ちゃんなんだよね?」

「は? 俺が上に決まってんだろ」

「どっちもどっちだなぁ、二人とも一人っ子だしな」


 他愛無い論争を続ける三人との間に、薄いが決して破ることが出来ない膜が張られたような錯覚に、二度三度瞬きを繰り返した。

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