第133話

 結局、その日は、後片付けが終わった後に柊は家に帰った。

 泊ってもいいと言われたのに、柊のほうから帰ると言い出したのだった。

 

(泊まったりしたら、俺のほうが何するかわかんねーよ……)


 急に咲が自分との距離を縮めてきたような気がする。それが彼女の言う『母親代わり』という役割のせいなのかもしれないが、ずっと咲を想い続けてきた柊は、それほど簡単に切り替えられない。


(もしかして、これからはこんなことがしょっちゅうなのか?!)


 それは嬉しいような、困るような、柊にとって悩ましい問題だった。


◇◆◇


「なんだ、ちゃんと帰ってきたのか。晩飯は?」


 帰宅すると、既に父が帰っていた。普段なら適当に返事をして自分の部屋にこもるところを、フラフラとリビングに入っていき、父の向かいに座る。


「あのさ、この前の、親父と咲さんが言ってたやつなんだけど……」

「ああ。どうするか決めたのか?」

「うん、咲さんに、お願いしますって言ってきた」


 そうか、と言いながら、忠道はうんうんと頷く。自ら伝えに行ったことも、柊の咲への信頼度が見えるようだった。


「まあ、咲さんもお勤めがあるしな。実際は土日くらいしか時間は取れないだろうが」

「てかさ、咲さんにも聞いたんだけど、俺、何したらいいわけ?」

「そうだなぁ、何度か食事は作ってもらってるし、母親と言ってもそういうことをしてもらいたいわけではないしなぁ」

「俺、咲さんを困らせたくないって言ったら、困らせて欲しいって言われたんだよ。余計分かんなくなってさ……」


 うーん、と頭を抱える柊に、忠道も同意する。


「だよな。あえて困らせるんじゃ、嫌がらせみたいだしな……。そうだ、お前の夏休みが終わる前に、旅行でも行くか」

「旅行?」

「ああ。そうだな、楓ちゃんも誘えば、咲さんもOKしやすいだろう。近場の温泉か、避暑地か。旅館のほうが咲さんも気を使わなくていいかもしれんな」

「それ、いい! 行こうよ、親父ナイス!」

「お前から話して予定も聞いておけよ。楓ちゃんもな」

「うん!」


 だだっと、勢いよく階段を駆け上がる音が、うるさいが心地よい。柊は『何をしたらいいか分からない』と言っていたが、真壁咲が絡めば、容易に子どもらしくなることに、本人だけが気づいていないことが可笑しかった。




『旅行?』

「うん、親父が、どうかって。咲さんの予定が合うなら。来週三連休があるじゃん、何か予定ある?」

『ううん、大丈夫』

「やった! そうだ、楓も連れてくから、安心してね」

『安心って……』

「だって咲さん、楓と仲良いよね」


 若干の嫉妬を込めつつ、楓を巻き込んだ理由として二人の親密さを挙げる。同性同士のほうが、特に女性は気が休まるのだろうが、どうしても柊は悔しさを感じざるを得ない。


『楓ちゃんと仲良しなのは、私より柊くんでしょ。うん、でもありがとう。楽しみにしてる』

「うん。場所とか決まったら、また連絡するね」

『ありがと』

「じゃあ、おやすみ」


 おやすみ、という咲の声を聞き届け、柊は電話を切った。そのまま楓に決定事項だけメッセージを送る。許可も何もない、咲の手前、この時点で楓にNOの選択肢は無かった。


『やったー! 遊べるー!』


 能天気な楓からの返信に、怒っているゴリラのスタンプを送る。


『バカか。俺たちは宿で勉強だ。お前に逃げ場はない』

『へー、じゃあその間、咲さんとおじさんは二人でのんびりするんだー、そっかー、へー』


 楓からの更なる返信に、柊は目を見開いた。そして楓の現役合格は諦めることにした。

 

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