第132話
「いただきまーす! うおー、やっぱ旨そう」
二人で作った夕食を食卓に並べ、向かい合って食べ始める。余程お腹が空いていたのだろうか、柊は瞬く間にご飯を平らげ、咲は自分が食べ始める前にお代わりをよそいに立ち上がった。
「そっか、自分でやればいいんだよね、そういうの」
「うん、でも、いいよこれくらい」
「ダメだよ、咲さん俺を甘やかしすぎ」
そう言いながら柊は立ち上がる気配はない。ご飯が山盛りになった茶碗を座ったまま受け取る。そういうところがお坊ちゃん育ちなのだと思うと、改めて思う。
「じゃあその代わり、お皿洗ってもらおうかな」
「わかった! じゃあ頑張るからさ、今日泊めて」
「まだ帰れる時間じゃない」
「いいじゃん、もう親父だって咲さんのこと知ってるんだし」
そこまで言って、一旦箸を置く。
「よろしくって言ったけど、何をしたらいいのか分からなくてさ……。咲さんを困らせたくないから、これからどうしたらいいのか教えて欲しい」
実際、母親代わりと言われても、物心ついた時に母はいなかった。柊にとっては未知の存在なのだ。
(甘えろって、言われてもなぁ……。子どもじゃねーし)
「逆だよ、柊くん」
気が付けば、咲が真横に座っていた。すぐ近くに存在を感じることが出来、急に柊の心臓が鼓動を早める。
「困らせて欲しいの。ケンカになってもいい。柊くんがしたいことをして。わがままを言ってくれれば一番楽なんだけど、きっとそれが出来ないから、桐島さんは心配してるんだと思う。だから少しずつ気持ちを緩めて、私や桐島さんを困らせるくらい、好きなことをしてほしい」
じっと咲の言葉を聞き入っている柊の前髪を、そっとかき分けた。
「今まで一人で片づけてきたこと、たくさんあるんじゃないかな。もちろん一人でやらなきゃいけないこともある。でもね、一人でやろうとしなくていいこともあるの。その違いを知って欲しい。少しずつ、ね」
言いながら、柊が段々と小さな男の子に見えてきた。真っすぐ見つめ返してくる目が、とても綺麗に澄んでいたから。
だから思わず、顔を近づけて額にキスしていた。
本当に、思わず。
「さ、ご飯の続き、食べよ。冷めちゃう」
そして箸を取り食べ始めた咲とは裏腹に、柊は銅像のように固まって動けなかった。
◇◆◇
「ということで、来週からプロジェクトを開始したいんです。如何でしょう」
「いいですね。うちも今は少し手が空いてますので、進めていきましょう」
「良かった。そうだわ、真壁さんは御社スタッフですが、プロジェクトでは私のサブに入っていただきたいの。よろしいかしら」
早速、先日のコラボレーションについて再提案してきた小出沙紀の言葉に、さすがの宇野も驚いた。
咲を、宇野のアシスタントとしてではなく一メンバーとして参加して欲しい、と言っただけでなく、先方企業の社長補佐に望まれるとは思わなかった。
「有難いお話ですが、真壁は私の秘書的役割も担当しておりまして、時間的にそこまでの余裕があるかどうか……」
「あら、でしたらプロジェクトの間だけ、秘書を他の方に交替していただいてはどうかしら」
「秘書を、ですか……」
思わず宇野は口ごもる。確かに咲以外の社員でも出来ない業務ではない。
ただ、宇野のモチベーションに影響するだけのことだ。
「なにも、わが社へ真壁さんを引き抜こうっていうのじゃありませんわ。一定期間だけのことです。終わればまた秘書に戻っていただければよろしいじゃありませんの」
「……そうですね。では一旦、真壁に確認してからお返事を」
「あら? 社内にいらっしゃらないの?」
言うと、沙紀は立ち上がってスタスタと応接室から出ていく。慌てて宇野が後ろを追うと、既に咲のデスク横に到着していた。
「私が……、ですか?」
「ええ。如何かしら。宇野さんは真壁さんのお返事次第、っておっしゃったわよ」
まるで自分も後押ししているかのような表現に、宇野は少しムッとする。だが、緊張しながらも明らかに嬉しそうに顔を紅潮させている咲を認めると、諦めるしかなかった。
「はい! 是非、よろしくお願いします」
ゆっくりと宇野を振り返り、嫣然と微笑みを送って寄越す小出沙紀に、宇野は小さな嫌悪感を催した。
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